家族教室

2006年度第4回 家族会報/家族教室開催報告

2006年5月7日(日)17:00~18:00 ハートクリニックデイケアセンター
講 師:高 卓士(ハートクリニック医師)
テーマ:「認知行動療法について」

前回に引き続き、悪天候となりましたが、非常に多くのご家族の方々にご参加頂くことができました。

今回は、診察の時間の関係上、ご家族さまの懇談会を家族教室の前半に、セミナー部分を後半に行わせていただきました。ご家族さまの懇談会は、今年に入ってから、セミナー部分の時間の延長などにより、実施されておりませんでしたので、今回が、今年初の実施となりました。懇談会は、簡単な自己紹介と、最近の患者さまの様子、家族教室に望むことなどを、お話し頂いて、時間となりました。

以下に、セミナーのテーマとなりました、当院でも実施されている、認知行動療法についてご紹介したいと思います。

“認知”とは?

皆さんは、“認知”という言葉をご存知でしょうか?“認知”というと、何か小難しいもののような気がしてしまいますが、言い換えれば、物事の“考え方”、“捉え方”ということができるでしょう。ある状況に対して、浮かぶ考えやイメージのことを、治療上の専門用語で、“認知”と呼んでいます。

相田みつを(書家/詩人)の言葉に次のような言葉があります。「あなたの心がきれいだから、なんでもきれいに見えるんだなあ」。この言葉に、“認知”ということが、実にわかりやすく、よく表されています。目の前の物事がそのように見えるのは、そのように見ている自分がいる、ということなのです。物事は、その状況そのものではなく、私たちの見方(捉え方)によっては、どのようにも見る(感じる)ことができる、ということです。

例えば、3日間の連休があったとします。連休2日目の夜、残った1日の休日を、これをお読みの皆さんは、どのように考えられますか?「ああ、もう一日しか休みがない・・・」と思うでしょうか、それとも、「あと一日も休みがある!!」と思うでしょうか?「あと1日」という時間は同じ24時間です。しかし、前者のように捉えれば、あと1日の休日を、なんとなく、沈んだ気持ちで過ごしてしまうかもしれませんし、後者のように捉えれば、生き生きと、有意義に過ごせるかもしれません。また、仕事で上司から、ミスを指摘された場面を想像してみましょう。このとき、「ああ、怒られてしまった。もうダメだ・・・」と考えるのと、「今回は怒られてしまったけれども、ミスを指摘されて良かった。次は同じミスをしないように気をつけられるぞ」と考えるのとでは、その後の気分が大きく異なるでしょう。また、その後の仕事のやり方にも、影響があることでしょう。このように、私たちの感情や行動というものは、状況(事実)そのものよりも、その状況をその人がどう受け止めたか、どう考えたか、に大きく左右されるもの、といえます。

“自動思考”と“スキーマ”

先に述べた“認知”の中でも、特に、気分や行動に影響を及ぼす考えに“自動思考”というものがあります。これは、自然に、瞬間的に頭に浮かんでくるもので、強い感情・気分が生じるときには、この“自動思考”が影響していると考えられます。こうした“自動思考”は様々ですが、その人なりの自動思考の傾向(=クセ)があるようです。

治療上の専門用語で、この自動思考のクセを“スキーマ”と呼んでいます。その人それぞれに、このスキーマは複数、持っているのですが、もし、このスキーマがネガティブな傾向に偏ったものだとすると、その人の気分は、自然にネガティブな方向へ傾きがちになってしまうでしょう。事実、うつ状態の人の認知は、極端にネガティブであることが知られています。
セミナーでは、この、“自動思考”と“スキーマ”の具体例として、次のような例が挙げられました。

(状   況〉就職面接に連続で落とされた

   ↓ふと自然に…

   ↓

〈自動思考〉「どうせ私なんか世の中に必要とされていないんだわ」

   ↓心の底では・・・

   ↓

〈スキーマ〉「私は無能な人間だ」

認知行動療法とは

認知行動療法のもととなっている考え方では、ある個人の気分と行動と身体は、自分の周りで起こる出来事をどう考えるか(=認知)によって大きく影響され、また逆に、ある個人の行動は、認知や気分や身体に大きく影響を与え、行動により状況を変えることも可能、と考えます。

認知行動療法は、自分を見つめること(=セルフ・モニタリング)を通じて、自動思考や行動のクセを見直し、より現実的で、 バランスの良い考え方や行動を行えること、ひいては、より快適な生活を送れるようになることを目指すものです。
具体的には、思考記録表の作成、アクションプラン(行動計画)の作成、及び、実行 を行います。思考記録表は、次のようなものです。1例をご紹介しましょう。

《思考記録表の例》

1.状況

5月1日、職場でひとり。仕事でわからないところが出てきたが、聞けない。

2.気分

無力感(80%) みじめ(70%)

3.自動思考

  1. どうして積極的になれないのだろう。こんなに消極的では、仕事が咲きに進んでいかない。
  2. 引っ込み思案な自分が情けない。仕事も人間関係もうまくできない自分は、社会人として失格だ

4.3のように思う根拠

  1. 仕事の内容がよくわからず、実際に仕事が停滞している。
  2. 同僚も上司も忙しそうにしている。
  3. 人に話しかけるときにいつも緊張する。

5.反証

  1. 少しは慣れてきた部分もあるし、少しずつ仕事は進んでいる。
  2. 同僚も上司も時間があるときには教えてくれる。
  3. 自分は聞き上手だといわれることがある。ためらっていても、本当に必要な時には最後には言えている。

6.適応的思考

  1. うまくいかない部分もあるが、少しずつ仕事は進んでいるから、まずはその経過をみることが大事だ。
  2. ・慣れればスムーズにいきそうだし、周りのひとたちも協力的だ。
  3. 緊張するのは事実だが、言うべきことを言えればいい。

7.その後の気分

無力感(50%) みじめ(30%)

 

思考記録表は、自分の思考パターンを把握し、より現実にそった、柔軟な考え方を導くことによって、気分や行動の改善を図るものです。次に、行動計画の例をご紹介します。

《行動計画の例》

目標

活動性の向上

1.アクションプラン

  1. 掃除をする
  2. 洗濯をする
  3. コーヒーを入れる
  4. 音楽を聴く
  5. 新聞を読む
  6. 散歩をする
  7. ブログを更新する

(午前/午後に最低1つずつ行う)

2.開始時期

3月24日から

3.予想される障害

  1. 朝食後に寝てしまうかもしれない
  2. 午前中に家事が終わらないかもしれない
  3. 3日坊主になるかもしれない

4.障害を乗り越える手段

  1. 寝そうな時は、コーヒーと散歩を優先
  2. 家事は午後からでも良い
  3. 掃除は1日の量を決めておく

(1日目テーブル、2日目シンク)

  1. 簡単なことから始める(コーヒー→新聞)
  2. 夫に日課をチェックしてもらう

5.計画の達成状況

  1. 3月24日 日課を4つ行う
  2. 3月25日 日課を5つ行う
  3. 3月26日体が動かず日課は2つうのみだが、ブログ更新ができた
  4. 3月27日 日課を6つ行う。夫にほめてもらった

行動計画の作成は、現実に解決すべき問題を解消し、問題解決能力を身につけ、気分や思考の改善を図るものです。また、認知が正しいかどうかの行動実験も行えます。

認知行動療法の有効性

認知行動療法は、自分、周囲、将来に対して悲観的・否定的であるという、独特の考え方のクセをもつ、うつ病、及び、うつ状態の方に、現在、特に有効であるということがわかっています。また、長所として、比較的短期間で効果が現れること、常識的に理解しやすいこと、慣れれば1人でも続けられること、努力や経験が実際的な改善に結びつきやすいこと、などが挙げられます。

セミナーでは、こうした認知行動療法を成功させるためのポイントが紹介されましたので、以下に列挙してみます。

  • 「普段と違った見方をしよう」という意欲
  • 「毎日こつこつ続けよう」という粘り
  • ワークを行えるエネルギー(重度のうつの方には不向きです)
  • 改善したい具体的な問題がある(性格を直すことが目的ではありません)
  • わからなくても、失敗しても、くよくよしない
  • マイナス思考を消そうとしない(問題なのは、「マイナス思考しか出来ない」ことです)

ハートクリニックでは・・・

ハートクリニックでは、認知行動療法を、5~10人程度のグループ療法として実施しています。というのは、グループで行った場合、「悩んでいるのは自分だけではない」と思えることが、お互いの支えとなり、うつを背負う苦痛や不安を軽減することができる、ということと、お互いがお互いのよきアドバイザーとなれる、などの利点があるからです。

ご興味をお持ちになりましたら、ぜひ、一度、主治医に相談なさってはいかがでしょうか?