家族教室
2006年度第6回 家族会報/家族教室開催報告
2006年7月2日(日)16:00~17:00 ハートクリニックデイケアセンター
講 師:浅井 逸郎(ハートクリニック理事長/医師)
テーマ:「”こころ”の病気の治療」
今回もまた、時折激しい雨が降ったり、という不安定なお天気の中ではありましたが、大勢のご家族の皆さまにご参加いただくことができました。
今回は、「“こころ”の病気の治療」とのテーマで、ハートクリニック理事長でもある浅井医師より、お話をさせていただきました。
「からだ」の病気の治療
さて、「こころ」の病気の治療について述べる前に、まず、「からだ」の病気の治療について考えてみましょう。
大昔、まだ医療というものが発達していなかった時代、「からだ」の病気はどのように扱われていたのでしょうか。実は(ご存知の方も多いとは思いますが)、病気や死は、神や悪魔といった超自然によって生じると考えられ、その治療は、そういった超自然の存在と人間との間を仲立ちする人によってなされました。ひらたく言ってしまうと、病人が出ると、教会に連れて行かれ、牧師さんが、悪魔祓いの儀式を行なって、病気を取り除こうとする・・・といったようなことが行なわれていたわけです。
もし、おまじないや儀式の類で病気が治ってしまうならば、それほど楽なことはありませんよね。しかし、それほど、病気は簡単には治ってくれません。医療の発展に伴って、病気には、色々な種類があること、また、色々な原因があること、などが分かってきました。
現代では、どうでしょうか。私たちは、病気になると、まず、病院へ行き、医師の診察を受けます。医師は、必要であれば、様々な検査を施し、その結果から、病気の診断を下します。そして、多くの場合、その病気の治療に必要な薬を処方するでしょうし、また、場合によっては、手術を行なうことによって、病原となっているものを体内から取り除いたりします。
「こころ」の病気の治療
さて、では、「こころ」の病気の場合はどうでしょうか?
「こころ」の病気も病気ということにおいては、「からだ」の病気と同じです。しかし、「からだ」の病気と違っているのは、“病気だ”と判断するのに、困難を伴うことが多い、という点です。例えば、高熱が出たり、血が出たりすれば、私たちはすぐに病院へ行くでしょう。こうした「からだ」の病気の兆候は、目に見える形で、比較的はっきりと現れます。
しかし、「こころ」の病気の兆候は、というと、そうはいきません。「こころ」が病気になると、“気分がふさぐ”とか、“普段できていた仕事をこなせなくなる”とか、“感情の起伏が激しくなる”、“人間関係がなんだかうまくいかなくなる”といったような状態が生じてきます。周囲の人は、「なんとなく普段と違うなぁ」とか、「表情が険しいなぁ」といったように、違和感をもつことでしょう。しかし、こうした状態は、はっきりと病気の症状とは気づきにくいものです。
“病気”と気付かれにくい「こころ」の病気も、かつての「からだ」の病気と同じく、お説教やおまじないなどで治療がこころみられた時代がありました。
現在では、「からだ」の病気と同じように、「こころ」の病気も病院で医師が治療にあたります。そして、その治療の中心は、薬物療法になります。
しかし、いまだに、受診に結びつかないことがままあります。日本でも、数割の方は、病院へ行くのではなく、何らかの、「お説教」を受けさせに、本人を連れて行くことがあるようです。
また、受診に訪れる方の中にも、医師に「お説教」をしてもらうつもりでいらっしゃる方もいらっしゃるようです。つまり、「この子はいい年をして、家でごろごろしているばかり。怠けているだけだ」といったような思いをお持ちになっている場合もあるのです。先述したように、「こころ」の病気の症状が、一見、病気とは判断がつきにくいものであるがゆえに、起こってくる、誤解と言えそうです。
それでは、カウンセリング(もちろん、専門家によるカウンセリングは「お説教」とは異なりますが)はどうでしょうか?
カウンセリングは、ある程度、健康な方が、ご自分の生活上のさまざまなことを整理されたり、または、病気が回復過程にある方が、病気との付き合い方などを整理する場合に有効です。病気そのものの治療、といった意味では、薬物療法がまずあり、その補助的な役割を果たすものとして、カウンセリングがあると考えた方が良いようです。
療養生活の留意点
病気の療養にあたって、まず最初に気をつけなくてはいけないことは、「安静第一」ということです。
これは、意外に盲点かもしれません。また、頭でわかっていても、つい、患者さまの周囲の人間としては、「がんばって!」とか、「元気をだして!!」とか、なんとかご本人を励まして、もとの活動的な生活に戻そうとしてしまいがちです。しかし、ここでちょっと冷静に考えてみましょう。皆さんは、骨折した人に向かって、「がんばって歩け」と言ったり、高熱を出してフラフラの人に、「がんばって働いて」と言ったりするでしょうか??それよりもむしろ、「まずはゆっくり休んでね」と声をかけるのではないでしょうか。これは全ての病気に共通していることです。まずは「安静第一」。「こころ」の病気も同じです。
次に気をつけなくてはいけないこととして、「薬嫌い」が挙げられます。
治療の中心である薬を服用することに対して抵抗感を持っていると(そして、服薬が不規則になったり、中断したりすると)、病気からの回復は、遅くはなっても、早まることはありません。更に、再発(病気の症状がぶり返す)率がぐんと高まります。この「薬嫌い」、ご本人だけでなく、ご家族も、ということになると、ご本人の拒薬傾向を助長してしまうことを、ぜひ、心に留めていただければ、と思います。何故なら、ご本人がただでさえ薬に抵抗感を持っていることに加えて、ご家族がそれに同意してしまうと、ご本人としては、“心強い味方”ができたとばかりに積極的に服薬の中断をしてしまうからです。
「こころ」の病気の薬は、量や種類を調整しながら、比較的長期にわたって服用しなくてはならない場合がほとんどです。服薬するご本人にとっては、症状が軽減した途端に、「もう病気は治ったので、今日から薬はいりません」と医師から告げられたら、とてもうれしいことでしょう。しかし、「こころ」の病気については、まだ、解明されていないことも多く、どの時点で「治っている」のか、生物学的には明確な判断がつかないのが現状です。ある日きっぱりと投薬を中止する、ということに伴うリスクは非常に大きいものです。ですので、たとえ症状が軽減され、一見「治った」かに見えても、慎重に投薬を調整していく必要があるのです。そのことを十分に理解した上で、あせらず、じっくり薬と付き合っていただきたいものです。病気から回復する期間については、個人差がとても大きく、一概には言えません。しかしながら、はっきりと言えるのは、服薬を中断しても回復が早まることはなく、むしろ、回復は遅れる、ということです。そして、再発は繰り返せば繰り返すほど、症状は重篤になりがちだ、ということです。
更に、療養中に気をつけなければいけないことを挙げてみましょう。セミナーでは、「旅行」が挙げられました。
これはよくうつ病で休職中の方に多いようですが、「休職中に旅行をしたい」とおっしゃる方がいらっしゃいます。しかし、旅行は、原則的に、元気に回復してからの方が良いでしょう。これには、もちろん、旅行はご本人にかかる負担が大きすぎて、症状がぶり返すきっかけになりうる、ということもありますが、もうひとつ、その理由があります。これをお読みになっている皆さんは、思い当たるでしょうか??実は、“周囲の目”がその理由です。世間の人たちから「病気で休職しているはずなのに、旅行なんて!!」という、批判的な目で見られてしまう恐れがあるのです。これはもっともと言えばもっともな反応ですよね。こうした目で見られてしまうと、いざ、職場へ復帰した際に、周囲の人たちとの関係がギクシャクしたものとなり、せっかくうつ病から回復したのに、今度は適応障害を引き起こしてしまう一因となってしまいます。療養生活は、周囲との関係も考えて、ご本人の心理的負担を最小限に抑えることを第一とする、これが大切なようです。
回復してくると・・・
患者さまは、病気から回復してくると、次第に「遊べる」ようになってきます。
逆に言えば、「遊べる」ようになることが、回復の兆し、と言ってもいいかも知れません。しかし、ここでも、注意しなくはいけないことがあります。「遊べる」ようになったからといって、すぐに、もとのように仕事や勉強や、家事ができるようになるわけではない、ということです。回復期には、「遊ぶ」ことはできても、仕事や家事になると、全く体が言うことをきかない、ということがままあります。こうした患者さまを見ると、ご家族としては、いよいよ「たださぼっているだけじゃないのか??」という気持ちになってしまいがちですね。しかし、ご本人は決してさぼっているわけではありません。上手に「遊ぶ」ことができるようになることが、もとの生活へ戻るまでの第一歩、と考えましょう。逆に、患者さまが「遊ぶ」ことをせずに、急に仕事や勉強にかじりつくときには、要注意です。あせって、せっかくの回復過程を逆戻りしないよう、見守ってあげて下さいね。
治療の目的は・・・?
「こころ」の病気の治療の目的は、いったい何でしょうか?・・・それは「笑顔」です。ご本人は、病気からの回復過程で徐徐に笑顔を取り戻します。
それでは、ご家族は、ご本人の闘病中、ずっと、それに付き合って、沈うつな表情をしていなくてはいけないのでしょうか?そんなことはありません。特に、回復までの道のりが、比較的長い「こころ」の病、最初から常に暗い表情をしていては、ご家族まで具合が悪くなりそうですよね。また、患者さまの多くは「家族に迷惑をかけている」という自責の念を持っているようです。それなのに、ご家族まで辛そうな表情をしていたら、そうした患者さまの思いを裏付けてしまい、ますます患者さまの気持ちを追い込んでしまいかねません。
ご家族が、ご自分の生活を大切にし、患者さまの病気に巻き込まれすぎないことが、実は、患者さまの回復の、非常な助けとなっていることを忘れないで下さいね。家族教室のような場で辛い思いを吐き出して、ご自分の生活は十分に楽しまれる、これが途中で行き詰らない、コツと言えるでしょう。