家族教室
2006年度第8回 家族会報/家族教室開催報告
2006年9月3日(日)16:00~17:00 ハートクリニックデイケアセンター
講 師:剱持 慈子(ハートクリニックデイケアスタッフ/心理)
テーマ:「ストレスにうまく対処するには?」
9月に入り、少し暑さが和らいだ日曜日、2006年第8回家族教室が開催されました。
今回のテーマは「ストレス対処」でした。普段、家族教室では、患者さまご本人の病気や過ごし方について、テーマとして取り上げることが多いのですが、今回は、患者さまに限らず、ご家族の“メンタルヘルス”にも利用できる内容とさせていただきました。
ストレスとは?
現在、“ストレス”という言葉は、耳にしない(目にしない)日がないといっても過言ではないほど、私たちの周りに溢れています。メディアばかりでなく、私たち自身もまた、「最近ストレスが溜まっているんだよね」とか、「ストレス解消しなくちゃ」などと、何という気なしに、“ストレス”という言葉を使用しているのではないでしょうか。
それではそもそも、“ストレス”とは、一体何なのでしょうか。まずはその用語の意味から考えてみたいと思います。
この“ストレス”という言葉、実は、もともとは人間に対して使われる言葉ではありませんでした。もとは物理学の分野で使われていた用語で、物体に外的な圧力が加えられて“ひずみ”が生じた状態のことを言うのです。こうした物理学の用語を、人間に適用したのは、ハンス・セリエというカナダの生理学者でした。ストレスは、外界の刺激から脅かされたときに生じる全身反応であるとされ、生物体としての人は、自然界の危険に対しては、動物と同じ反応をします。刺激に脅かされると、交感神経系とホルモンの昨日が活発になり、活動の高まった状態になりますが、生体は体内のバランスを保ち、ホメオスタシス(バランスのとれた状態)を維持しようとして副交感神経系の働きも同時に活性化し、自律神経系及び内分泌の調整が行なわれます。しかし、現代社会のようにストレッサーとなる刺激が長期に続く状況では、 このホメオスタシスがうまく機能せず、さまざまな障害が生じてきます。更に、セリエの研究では、こうした全身的な反応は、外界からの有害な刺激だけでなく、あらゆる刺激に対して起こる反応であることがわかりました。そして、均衡の崩れた状態が続くことによって、順応に必要なエネルギーを消耗したり、調節機能障害を起こしたり、心の病にもかかりやすくなることが知られるようになりました。
少しかたいお話になってしまいましたが、“ストレス”とはつまり、何かの刺激に対し、身体や心が「どうにかしなければ」という状態になっていること、と考えることができますね。そして、ストレスは、人によってさまざまであり、いつでも、どこでも、誰にでも降りかかってくるものなのです。とすると、ストレスは、生きることそのもの、ということができるかもしれません。ですから、「ストレスを排除する」とか「なくす」ということは不可能といえます。ここで私たちは、発想の転換を図る必要があるのです。「ストレスといかにうまく付き合うか」。これが重要となってくるのです。
「良いストレス」と「悪いストレス」
皆さんは、“ストレス”という言葉に対して、どのようなイメージを持っていらっしゃいますか?大抵の方は、“悪いもの”というイメージをお持ちなのではないでしょうか。
ところが、先に述べたセリエが挙げるストレスの例の中には、“スポーツ”とか、“達成感”とか、一見、ストレスとは間逆の項目が含まれています。そう、先ほど述べたように、ストレスは、私たちに起きる全ての内的・外的環境の変化をいうのです。あとは、それを受け止めて評価する、私たち自身によって、良いものにも、悪いものにもなるものです。
どの程度のストレスが良いストレスとなるのか、どんな種類のストレスが悪いストレスになるのか、その程度や種類は、個人個人によってさまざまです。しかし、確かに言えるのは、私たちにとって、適度のストレスは、生活にハリを与え、生き生きとさせるものだということです。
簡単に言うと、良いストレスとは、その人らしさを引き出し、能力の発揮を助けるものであり、悪いストレスとは、その人らしさを押し込め、能力の発揮を邪魔するものだということです。
ストレッサーとストレス反応
私たちにストレス反応を生じさせるストレッサーは、大きく分けて、精神的なものと、身体的なものに分けられます。更に、精神的なストレスは社会的ストレスと心理的ストレスに、身体的ストレスは外的ストレスと内的ストレスに分けることができます。社会的ストレスは、仕事や家庭、学校、そして人間関係にまつわるもの、心理的ストレスは、不安や恐怖、怒りや心労など、感情にまつわるもの、外的ストレスは暑さや寒さなど、環境にまつわるもの、内的ストレスは身体にまつわるもの、まとめることができるでしょう。
ストレッサーの中でも、社会的ストレッサーは、私たちにとって、もっとも問題になりやすいストレッサーといわれています。
そして、こうしたストレッサーに対して、評価を下し、私たちの中で起こってくるストレス反応は、身体面、心理・感情面、行動面に現れます。特に、「悪いストレス」を受けた際に起こってくるストレス反応としては、身体面では、肩こりや腰痛、胃腸障害など、心理・感情面では、不安、落ち込みやイライラ感など、そして行動面では、ウロウロしたりそわそわしたり、ミスが多くなったり・・・さまざまなものが考えられます。「ストレスで胃が痛い」というのは、まさにこんな状態を示しているのですね。
ストレス・コーピング
私たちは、ストレッサーやストレス反応を認識すると、それらを何とかするために、通常、なんらかの行動を起こします。
これを「ストレス・コーピング」といいます。例えば、「非難される」(ストレッサー)と「不愉快だ」(評価)と感じ、「イライラ」してきます。この「イライラ」をどうにかするために、相手に「反論」したり、「キレて物にあたった」りするかもしれません。この「反論」や「キレて物にあたる」という行動がコーピングです。
さて、このコーピングには、適切なものと不適切なものがあります。上の例を見てみましょう。「反論」というコーピングを行なった場合と、「キレて物にあたる」というコーピングを行った場合、その行動がもたらす結果には、違いがありそうだ、ということは、容易に想像できるのではないでしょうか。上手に反論すれば、相手に自分の本心や考えを伝えることができ、イライラや不快感を解消することができるかもしれません。しかし、キレて物に当たってしまうと、それを見た相手が、更に文句を言い出すかもしれません。そうなってくると、それがまた新たなストレッサーとなって・・・と悪循環に陥ってしまいます。このように、不適切なコーピングは、悪循環を招きますが、適切なコーピングは、ストレッサーそのものを解消したり、ストレッサーに対する評価を変化させたり、ストレス反応に対しては落ち着かせたり、と、それぞれの段階に働きかける可能性を持っています。こうした適切なコーピングの方法を知っておくことも、ストレスと上手に付き合う一つの方法です。
では、ストレス・コーピングには、どのようなものがあるでしょうか。
スタッフとして大切にしていること
また、当院のデイケアにかかわるスタッフは、メンバーとともに過ごす時間の中で、デイケアのスタッフならではの、心がけを忘れないようにしています。
セミナーでは、まず、メンバーを「援助しなくては」と思うあまり、過保護・過干渉になり、かえってメンバーの自発性を妨げることにならないようにすることが挙げられました。そして、メンバーの、診断名にこだわらず、「生活のしづらさ」に焦点をあてた援助をすること。さらに、デイケアが、「楽しむ場」であるとともに、「苦しい」「つらい」感情を出して良い場となるようにすること、ということが述べられました。確かに、「苦しい」「つらい」感情は、外の社会ではなかなか表出しづらいものです。しかし、どこでも吐き出せないそうした感情を出せる、守られた場であることも、デイケアには必要なことでしょう。他には、グループでの活動が多くなるデイケアにおいて、スタッフは、グループの動きだけに目を奪われてはいけない、ということが挙げられていました。全体をつくっているのは、個人のメンバーだ、ということを忘れないようにしているのです。
こうしたかかわりは、どこかご家族のかかわりにも似ているところもあるかもしれませんね。
コーピングの種類
ストレス・コーピングの種類は、大きく5種類に分けることができます。以下に、それぞれの方法について、列挙してみましょう。
Ⅰ.ストレッサー自体をコントロールする
- 適切な自己主張をする
自分の気持ちや考えを、人に素直に伝えることを自己主張といいますが、自己主張をしないと誰もあなたのことをわかってくれませんし、相手のいいなりになってしまうこともあります。
- 我慢する
取り除けないストレッサーに対しては、しばらく我慢をすることも考えてみましょう。
これが効を奏すれば、我慢の体験で、いつの間にか、ストレッサーに強くなることができるかもしれません。 - 逃げる、避ける
我慢できそうにないストレッサーが来そうなときには、逃げてみたり、避けてみたりすることも考えてみましょう。
Ⅱ.ストレッサーに対する評価を変える
- 当たり前に考える
私たちは、だいたい、自分勝手な考えをもってしまいやすいものです。だれかから非難されたりすると、情けない気分になったりするものですが、その原因は、人が非難した、というからではなく、「人から非難することなどあってはならない」とか「失敗してはいけない」という「理にかなわない考え」が原因です。ですので、そうした「誤った思い込み」を見直すことによって、つまり、「非難されることもあるにきまっている」という考えに修正することによって、ストレスをストレスとして感じなくすることができます。こうした誤った思い込みの直し方としては、ストレス反応がでたときに、その人や場面について、自分がどのような感情を持ったか、ということを思い返してみることが有効です。 - 前向きに考える
起こった出来事を、別の側面(=良い面)から考えてみます。
- 自分に優しい言葉を使う
あなたが自分にいいきかせている言葉を振り返ってみましょう。「やはり私はだめだ」とか「うまくいかないのは自分のせいだ」、「やってもむだだ」といった自分を打ち負かすような言葉をよく使っているなら、それはストレスをどんどんためるだけです。
Ⅲ.気分を鎮める
ストレッサーに対して、「嫌だな」と評価してしまうと、気分(心)影響がでて、不安になったりイライラしたりします。このような気分を鎮めると、すっきりとしてずっとらくになり、冷静な判断ができるようになります。気分に対するコーピングは「リラックスした状態をつくりだすこと」です 。
Ⅳ.身体の興奮を鎮める
運動やスポーツで身体を動かせば、身体のストレス反応をなくしたり、少なくしたりすることができます。その上、身体を動かす習慣を持てば、体力も増し、ストレッサーに強いからだになります。ストレス解消のスポーツは、自分の好きなものを選ぶことが大切です。また、人と競争するためではなく、楽しんですることが大切です。
Ⅴ.社会的支援
評価、心と身体のストレス反応全てに役に立つコーピングがあります。それは、人からの助け(社会的支援)です。
これは、ストレッサーに対しては、他の人が、そのストレッサーに対し、避けたり弱めたりできる方法を教えてくれれば、ストレッサーの威力は減ります。また、評価の段階については、励ましてくれたり、ストレッサーについての別の見方を教えてくれれば、自身の評価を変えるヒントになります。心に対しては、相談にのってくれたり、感情を受け止めてくれたりすると、心がやすまります。
ストレスにうまく対処するために
ストレスへの対処には、さまざまな方法や系統があります。そして、どれが優れている、とか、どれが劣っている、ということはありません。ストレッサー・状況・相手によって、これらを柔軟に組み合わせたり、使い分けることが、重要です。
皆さんも、これを機会に、ご自分が普段行っているストレス対処の方法について、見直してみてはいかがでしょうか?