家族教室

2008年度第9回 家族会報/家族教室開催報告

2008年10月5日(日)16:00~18:00 ハートクリニックデイケア

講 師:池沢 佳之/ハートクリニックデイケア(精神保健福祉士)

テーマ:コミュニケーションについて(SSTとは)

2008年第9回の家族教室は、「コミュニケーションについて」とのテーマで、コミュニケーションスキルの練習プログラムの内容に触れながら、当院デイケアスタッフの精神保健福祉士より、お話をさせて頂きました。

なぜ、コミュニケーションなのか?

精神科の治療の中では、たくさんの「コミュニケーション」が必要とされます(もちろん、精神科以外の科でも同様ですが)。たとえば、ハートクリニックで1人の患者さんが、最大で、どのような治療を受ける機会があるか、ということを考えても、その重要性は良く分かると思います。ハートクリニックでは、医師の診察があり、臨床心理士によるカウンセリングがあります。そして精神保健福祉士のケースワーク面接があり、看護師による各種指導(生活指導や服薬指導)、デイケアスタッフとの面接、デイケアにおけるメンバー間のやりとり、各種グループワーク(ダイエットプログラム、集団認知行動療法など)・・・。こうした治療の中では、ご本人、医療従事者ともにコミュニケーションの力というものが、治療の効果をあげるうえで非常に重要となってきます。

さらに、ご家族も、患者さんの治療にあたっては非常に大きな役割を担っていることは、言うまでもありません。

患者さんの治療を効果的に進めるために、そして、患者さんを支えるご家族が少し楽になるように、コミュニケーションを見直してみましょう。患者さんに対して、ついつい批判的になってしまっていませんか?または、感情的に巻き込まれすぎでいませんか?または、無関心になっていませんか・・・?

SSTというプログラム

皆さんは、「SST」という言葉をお聞きになったことはおありでしょうか?

これは、「Social Skills Training」の略で、日本語では「社会生活技能訓練」と訳されます。本来は、もともとは患者さんを対象として発展した認知行動療法の1つです。“社会生活技能”というと、“料理の仕方”とか“洗濯の仕方”といったものを思い浮かべるかもしれませんが、ここでいう“社会生活技能”というのは、社会生活を送るために必要な技術としての、コミュニケーション能力を指しています。このコミュニケーション能力は、細かく見ると、3つの機能に分かれています。ひとつは「受信技能」で、いわば聞き取る能力、もうひとつは「処理技能」で、判断する能力、最後は「送信技能」で相手に伝える能力です。 患者さんは、病気のために、これらの機能がダウンしてしまっている、ということがわかっています。こうした機能のダウンは、薬の力だけではいかんともしがたく、トレーニング(練習)によってより適切なコミュニケーションを身につけていきましょう、というプログラムが「SST」なのです。

SSTは、先ほども述べたように、もともとは精神科の患者さんを対象としたプログラムでしたが、現在では、「教育」「司法」など、幅広い領域で用いられています。そして、精神科では、患者さんだけでなく、ご家族を対象としたプログラムとして、その広がりを見せています。ご家族の、患者さんへの適切な対応が、ひいては治療の効果を促進させるということを考えると、自然な流れと言えるでしょう。

SSTは、当院でも、デイケアの活動などで活発に取り入れています。

SSTの考え方は、舞台やお芝居をイメージすると、より分かりやすいかもしれません。つまり、SSTというリハーサルを積んで、生活という本番に臨もう、という考え方です。非常に砕いた言い方をすると、“習うより慣れろ”“人のふり見てみて我がふり直せ”“やればやるほど技術は身に付く”といったことがポイントです。

次に、SSTの基本的なスタンスというか、視点に簡単にふれておきましょう。  トレーニングというと、「いっぱいダメだしされちゃうのかな」というイメージをもたれる方もいらっしゃるかもしれませんが、SSTのプログラムでは、こうした、いわゆる“ダメだし”ということは行いません。SSTでは、「褒めること」「認めること」が重視されます。そして、「さらに良くしていくために何ができるか?」を考えます。これはなぜか、といいますと、まず、これは私たちだれでもそうだと思いますが、何かを練習するときに、“ダメだし”(自分の出来ていない点を指摘)ばかりされたら、自己評価ややる気がダウンします。やる気がダウンするようなことはしない、ということです。また、私たち(もちろん患者さんも含めて)は“何もできていない”わけはないのです。それぞれがそれぞれに、さまざまな工夫をこらして、生活を営み、コミュニケーションを行っています。それはそれで、すでに“できて”いるのです。ただ、それだけでは、どうも具合が悪い、うまくいかないようだ、だから練習するのです。ですから、SSTでは、その人やり方をすっかり変えてしまうというよりは、できているところはそのままに、工夫を積み重ねていくことを重視します。「これからどうしていきたいのか」「どうなると自分としてはよいのか?」これが大切です。

具体的な方法

セミナーでは、デイケアのスタッフにより、個別(1対1)でSSTを実施する際の流れを、短くではありますが実演してみました。ここでは、基本的な進め方をご紹介します。

SSTには、決まったすすめ方があります。

プログラムは毎回、こうした流れに沿って行われます。

ご家族のコミュニケーション

さて、ご家族の患者さんに対するコミュニケーションを考えるとき、最も難しいと感じられるものの一つが、どちらかといえばネガティブな気持になったとき、それを患者さんにどう伝えるか、ということではないでしょうか。ご家族の皆さんは、「我慢しなくてはいけない」と思われていることも多いのではないでしょうか。相手は病気で、自分は健康だから、こちらが我慢しなくてはいけない、と。しかも、家族の感情表出が病気の再発に関わっているらしいと知ったらなおさらだ、と。

しかし、本当に我慢すればよいことなのでしょうか?いえ、そもそもそんなに我慢できるものなのでしょうか?ご家族の多くは、普通の人間であって、聖人君子ではないはずです。そんなに我慢に我慢を重ねていたら、患者さんを支えるはずのご家族自身が、ストレスを溜めて、いずれ心身ともに破たんしてしまいます。ご家族は「なんでもかんでも我慢する」のではなく、「上手に伝える」ことをされると良いのでは、と思います。要は、伝え方ではないでしょうか。

患者さんへの対処の中では、「言い方」が大事、というところがあります。ひとつのポイントとしては、“二人称で始まる言い方は攻撃的な印象を与える”というものがあります。これはどういうことかというと、「あなたは○○よね」とか「お前は○○だな」と決めつける場合をいいます。こうした表現は、相手にとっては責められているような印象が強く、反発を招きやすいようです。これを、一人称に変換すると、全く違った印象になります。これを“I(私)メッセージ”と呼びますが、「私は○○と思った」と自分が感じたことを言う。これは、相手のマイナス面に焦点を当てた説教や批判、命令にはならず、自分自身に焦点を当て、自分の伝えたいことが相手に伝わるやり方です。とはいうものの、“私メッセージ”で話せば、すぐさま相手がこちらの言うことをちゃんと聞いてくれるようになって全てがうまくいくかというと、そういうわけでもありません。やはり、機嫌を悪くしたり、反対意見や文句を返されたりということは、きっとあるでしょう。ただ、“私メッセージ”でのコミュニケーションを繰り返していれば、「お前はどうして○○なんだ!」「あなたはどうして○○なの!」とお互いに“あなたメッセージ”で相手のことを非難しあっていつもケンカになってしまうようなところがあったとしても、少しずつ改善してくると思います。関係がなかなか改善しなくても、しばらくの間は、種まきをしているのだと考え、いつかきっと芽が出ると信じて、根気よく“私メッセージ”を繰り返してみることではないでしょうか。

ところで、こちらは“私メッセージ”を繰り返していても、相手が“あなたメッセージ”でガンガンやってきて、一方的にこちらが責めたてられてしまうような場合はどうしたらいいのでしょうか?この場合は、「彼(あるいは彼女)は、○○と感じている(考えている)ようだ」「彼(あるいは彼女)は、私に○○してほしいと思っているようだ」と、相手の“あなたメッセージ”をあたかも“私メッセージ”で話しているかのように翻訳をしてしまいましょう。そして、相手のその考えに対して、自分はどう思うのかを少し間をおいて冷静に考えるようにしてみましょう。相手は一般論を述べているのではなく、あくまで、自分の意見を言っているのだととらえ、それに対して、私はどう考えどう感じたのかを整理して、“私メッセージ”で自分が感じたこと、伝えたいと思ったことを相手に返してみましよう。

 今、できていることを足がかりに、より良い(お互いが楽になる)コミュニケーションを考えてみましょう!