家族教室

2010年度第5回 家族会報/家族教室開催報告

2010年6月6日(日)16:30~18:00 ハートクリニックデイケア

講 師:高 卓士 /ハートクリニック 医 師

テーマ:非定型うつ病について

2010年第5回の家族教室は、6月6日に開催されました。今回は、“新型うつ病”とも呼ばれることの多い「非定型うつ病」について取り上げ、ハートクリニックの医師より、その一般的症状、経過、ご家族の対応などについて、お話しさせて頂きました。

非定型うつ病とは・・・

皆さんは、「非定型うつ病」という言葉を耳にされたことがありますか?セミナーの会場では、耳にしたことがある、知っている、というご家族の方もちらほらいらっしゃいました。

「非定型うつ病」は、「新型うつ病」「現代型うつ病」「未熟型うつ病」などと呼ばれることのある、うつ病の一種です。また、他のこころの病やパーソナリティ障害の一種と診断されていることもある、まだまだ一般には知られていないことの多い病気です。更に、軽度な人は単なるわがままな性格と誤解されていることも少なくありません。

従来から知られている「うつ病(定型うつ病)」と「非定型うつ病」の違いはどんな点があるのか、というと、同じうつ病の1つでありながら、正反対とも言える特徴があると言われています。「非定型うつ病」の主な症状については後に詳しく述べますが、異なる点の一例を挙げると・・・

■定型うつ病

朝早く目が覚める

•朝が不調

•気分が落ちたまま

•食欲が落ちる    など

■非定型うつ病

•ずっと寝ている(過眠傾向)

•食欲が増える

•気分のアップダウンが激しい など

といった点が挙げられます。

こうした「非定型うつ病」の方は、アメリカの調査では、全人口の3.8%、との結果も出されていますが、このあたりはまだまだ何とも言えないのが現実のようです。男女比では女性の患者さんの方が多く、比較的若い年齢で発症される方が多いようです。

非定型うつ病の症状・・・

それでは、非定型うつ病の症状を順に見てみましょう。

(1) 気分反応性

非定型うつ病の最大の特徴とも言えるものが、この“気分反応性”です。定型うつ病の場合は、ほとんど1日中気分が落ち込んでいますが、非定型うつ病は出来事に反応して、気分がアップダウンします。しかも、気分の浮き沈みはとても激しいもので、ちょっと嫌なことがあると激しく落ち込み、寝込んだかと思うと、好きなことやうれしいことがあると、うつ気分はすっきりとしてしまいます。

非定型うつ病のこうした症状は、周囲の目には、単なる気まぐれと映ることも多く、誤解を受けやすい症状のひとつです。

(2) 過食・過眠

非定型うつ病の身体的症状のひとつに、過食や過眠がよく見られます。非定型うつ病の過食や過眠は、気分が落ち込んだとき、嫌な出来事があったときに、より起こりやすいようです。寝すぎると脳の働きが鈍り、気分が憂うつとなり、ますます過眠へと陥りがちになります。また、糖分には抑うつ気分を和らげる効果があることから、甘いものを異常に欲するようになり、しかし、体重が増加することで自己嫌悪に陥る、という悪循環も生じてしまうようです。

(3) 拒絶過敏性

非定型うつ病の方は、他人のささいな言動に過敏になり、激しく落ち込んだり、怒ったりすることがあります。言った本人にはそんなつもりは全くないのに、自分が批判された、とか、無視された、というように否定的にとらえて、何日も寝込んでしまったり、激しく怒ったりするのです。こうした症状を「拒絶過敏性」と呼び、非定型うつ病の症状の中でも、人間関係を損ね、場合によっては、社会生活に支障をきたす深刻な症状と言えます。

(4) 鉛様疲労感

非定型うつ病では、重労働をしたわけではないのに、立ち上がるのも苦労するほど激しい倦怠感に襲われることがあります。これを「鉛様疲労感」と呼び、ご本人は「手足に砂袋をくくりつけられたよう」とか「手足に鉛がつまったかんじ」と形容される場合があります。これも嫌なことがあったときや不安が強いときに、おこりやすいようです。

(5) その他

(1)~(4)までに挙げた非定型うつ病に特徴的な症状の他にも、例えば夜になるとわけもなく悲しく泣けてくるような“不安発作”や、ささいなことで爆発的に怒り、抑えられなくなる“怒り発作”と呼ばれるような症状や、昔に体験した出来事を思い出し、感情がコントロールできなくなってしまう“フラッシュバック”と呼ばれる症状などがあります。

非定型うつ病の原因・・・

それでは、何が原因で非定型うつ病を発症してしまうのでしょうか?これには、他の多くのこころの病がそうであるように、様々な要因が関係しているようで、何か1つの決定的な要因があるとは言い切れないようです。ここでは、現在、考えられている要因をいくつか挙げてみたいと思います。

(1) 性格

非定型うつ病の方を調べてみると、小さい頃、「手のかからない子」「評判の良い子」だったという方が多くいらっしゃるようです。外面的には「良い子」であっても、内面的には他者にどう見られているかという不安を常に抱えていた方が多いと言われています。

(2) 生理的要因

生理的な要因の1つとして“脳内物質の受け渡しがうまくいっていない”ということが考えられています。身体を動かしたり、何かを考えたり、喜びを感じたり全ての脳の活動は、神経伝達物質が神経細胞から神経細胞へと情報を伝えることによって行われます。非定型うつ病の症状には、このうち気分や意欲、行動に関わるノルアドレナリンが関係しているとも言われています。また、ストレスを感じ取るホルモンや自律神経に関係する、視床下部と呼ばれる脳の部位に機能の低下があるのでは、との推測もされています。

(3) 日常生活

運動は、脳の健康維持にも、意味のあることです。そのひとつは、日中に適度な運動をすると、交感神経の働きが高まり、集中力や思考力など脳の働きも活発になります。また、運動は、一時的に体温を上げ、再び体温が下がった際、自然に睡眠に導く働きもあります。この昼間の活動と夜の睡眠の規則正しいリズムこそが、脳を健康に保つ鍵となるのです。

ところが、様々な理由から運動不足が続くと、自律神経の切り換えがうまくいかなくなったり、夜になっても眠くならなかったり、ストレスが溜まったりしてしまい、昼夜逆転をまねき、ひいてはそれが発症のきっかけとなることも大いに考えられるのです。

(4) 家族性

非定型うつ病は、うつ病の中でも家族性が高い傾向があると言われています。ある調査では、非定型うつ病の方の約7割は、両親のどちらかが、うつ病であったという報告があるのです。しかし、家族というのは遺伝的なつながりの他にも、生活環境やストレス体験が似ている、ということもあります。ですから、非定型うつ病の家族性は、遺伝子だけでなく、養育歴やストレスなどの環境も関係が深いと言えます。

(5) その他

その他にも、現代の余裕のない社会背景が、非定型うつ病のような病気を増加させている、という説もあります。

非定型うつ病の治療・・・

従来いわれてきたうつ病(定型うつ病)とは様相の異なる非定型うつ病の治療は、どのように行われるのでしょうか?様相の違うものだけに、いわゆるうつ病に対する治療や療養とは、少し異なっている点があるようです。

(1) 薬物療法

非定型うつ病の治療は、薬物療法が中心となります。抗うつ薬で脳内物質のバランスを整えることをベースに、その人の症状に合わせて、感情調整薬や抗不安薬などをいくつか使用していきます。

そもそも非定型うつ病は、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)という薬がよく効く患者さんがたくさん報告され、それがこの病気だった、ということがわかったのです。この薬はそういった理由で非定型うつ病に最も効果が期待される薬ですが、日本ではまだ認可されていません(注意!!MAOIは、SSRIや三環系抗うつ薬との併用は禁忌です。また、避けなければならない食品もあり、服用には医師の指示が不可欠のもの。ネットなどを通じた個人輸入は大変危険です)。

(2) 心理療法

非定型うつ病の人に行われる心理療法の代表的なものは認知行動療法です。対人関係の癖や考え方の方よりを修正していきます。

(3) 身体を動かす

こころの病というと、こころの問題ばかりに注目しがちですが、動かせるようなら、適度に身体を動かすことは、治療に効果的に働きます。身体を動かすことで、脳内物質のバランスがよくなったり、リフレッシュ効果、体重のコントロールなど、良いことがいっぱいです。

(4) 生活リズム

非定型うつ病の方は、真夜中に目が覚め、くよくよと悩んだり、甘いものを食べたりします。睡眠や食事の時間が乱れていることもあって、なかなか決まった時間に起きることができません。規則正しい生活を取り戻すために、まず睡眠と覚醒のリズムをつくることが重要になります。工夫として、いろいろなことを試してみましょう。例えば、自分の睡眠の状態について客観的に知る、睡眠について正しい知識を持つ、予定表を作る、家の外にいる時間を増やす、翌日の予定を決めてから寝る、午前中に約束をする、起床時間には必ず日の光を浴びる、などが挙げられます。

(5) 趣味・嗜好

日常生活の中には、非定型うつ病の症状を悪化させているものが意外にたくさんあるものです。

■コーヒー

パニック発作を伴う方は要注意。コーヒーに含まれるカフェインは、発作を誘発します

■喫煙

タバコには三環系抗うつ薬の効果を弱める作用があります。また、禁断時に不安を強めがちです(しかし、急な禁煙はうつ状態を悪化させることもあるので注意が必要)

■パソコン

肉体的疲労やストレスになりやすい作業です

非定型うつ病の治療は、しばらく無くなっていた症状が突然、再燃することを繰り返しながら、徐々に回復していきます。個人差はもちろんありますが、数年かかります。まずは「ある程度コントロールでき、日常生活に支障がない状態」を目指して、気長に取り組んでいきましょう!