家族教室

2010年度第9回 家族会報/家族教室開催報告

2010年10月3日(日)16:30~18:00 ハートクリニックデイケア

講 師:武田 勇哉/ハートクリニック 医 師

テーマ:パーソナリティ障害について

本年第5回となる、家族教室は、10月の第一日曜日に開催されました。 今回のテーマは「パーソナリティ障害」とのことで、ハートクリニックの利谷医師より、お話をさせていただきました。

パーソナリティ障害とは?

パーソナリティ障害は、これまで、日本では「人格障害」という呼び名で呼ばれていた障害です。しかし、「人格」という言葉が価値判断を含む、マイナスなイメージを招きやすい、といったことなどの理由から、現在では、「パーソナリティ障害」という呼び名が一般的になってきています。

さて、“パーソナリティ”とは何でしょうか? “パーソナリティ”と聞くと、いわゆる“性格”を連想される方も多いのではないでしょうか。しかし、厳密には、“パーソナリティ”は“性格”と同義ではありません。“性格”は行動にあらわれる、その人特有の一貫した傾向性のことをいいます。

一方、“パーソナリティ”は、そうした性格の根底にある心理的・行動的・生理的・物理的システムのことを指しています。 こうしたパーソナリティについて、気をつけなくてはいけないのは、パーソナリティはあくまで個性であって、どこまでが正常でどこからが異常か、という線引きはできない、ということです。

パーソナリティの問題は、周囲の人やものとの関係の中で生じてくるものです。したがって、「本人が苦痛を感じている」「周囲との摩擦が大きい」といった“生活のしづらさ”がポイントとなります。

パーソナリティ障害の特徴

パーソナリティ障害の診断基準については、セミナーの中で紹介されましたが、ここでは、パーソナリティ障害の特徴を大きく3つにまとめてみます

(1) 考え方にひどく偏りがある

多くの人がこう考えるだろう、というような「枠」から外れて、ものの考え方が偏っていたり、柔軟性がなく、別の考え方を受け入れることができなかったりします。

(2)パターンが頑なである

臨機応変に対応することがなく、いつでもどこでも極端に偏った対応を続けます。

(3)特定の原因がない

ある種の薬や病気など、はっきりした原因がありません。おおむね思春期~青年期(18歳以上)頃からこうした傾向が見られ、続きます。

パーソナリティ障害の分類

さて、こうした特徴をもったパーソナリティ障害は、3群に分けることができますそして、それぞれの群の下に、更に細かい分類がされています。

A群:

統合失調症によく似た傾向をもっています。統合失調症ほどはっきりとした症状はありませんが、自閉的で、妄想を抱きやすく、独特の、風変わりな行動や考え方をします。妄想性パーソナリティ障害、統合失調症質パーソナリティ障害、統合失調症型パーソナリティ障害がこれに含まれます。

B群:

感情的な混乱の激しいパーソナリティ障害です。芝居がかった言動が多く、情緒的で、移り気に見える場合が少なくありません。また、ストレスに対して、非常に弱い傾向があります。反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、演技性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害がこれに含まれます。

C群:

不安や怯え、引きこもりなどを特徴とするパーソナリティ障害です。周りの人の自分に対する評価や視線などが非常にストレスになる傾向があります。回避性パーソナリティ障害、依存性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害がこれに含まれます。

パーソナリティ障害はなぜ起こる?

パーソナリティ障害が生じる原因は、いまのところ、はっきりとわかっていません。しかし、ただひとつの原因があるというよりは、ご本人の生まれ持った要因や、環境や社会状況、生活上の急激な変化など、様々な要因が複雑に影響しあって生じるものと考えられます。

パーソナリティ障害と診断されたとき、周囲もご本人も、「私たちの何がいけなかったのか」と思い悩むことがままあります。しかし、パーソナリティ障害の治療にとって、いわゆる“原因探し”は意味がありません。重要なのは原因追及よりも、「これからどうすれば、ご本人も、周囲も今より楽に、気持ちよく過ごせるか」を考えることです。

パーソナリティ障害の治療

冒頭に記したように、パーソナリティ障害は、「ご本人が苦痛を感じている」「周囲との摩擦が大きい」ときに、初めて治療の対象となります。しかし、パーソナリティ障害の診断は、精神科の医師にとっても非常に難しく、ましてや一般の方が判断できるものではありません。mずは、専門機関に相談してみましょう。相談する際には、「うちの子はパーソナリティ障害では?」と言わず、どんな様子か、どんな行動を起こしているか、何に困っているか、ということを具体的に伝えましょう。その方が、対応の仕方をよりスムーズに話し合うことができます。

それでは相談は、どのようなところにすればよいのでしょうか?相談先のベストは、精神科のクリニックや総合病院、大学病院、専門病院です。しかし、「いきなり医療機関を訪れるのはちょっと・・・」と感じられる方は、地域の保健所・精神保健センターでも相談に乗ってくれます。ご本人でもご家族でも、まずは、相談することから治療が始まります。

境界性パーソナリティ障害

セミナーでは、パーソナリティ障害の中の1つ「境界性パーソナリティ障害」を特に取り上げさせて頂きましたので、紙面でも、この障害についてまとめてみたいと思います。 境界性パーソナリティ障害の方は、特徴的な対人関係の持ち方があります。素晴らしいと思っていた人を、ちょっとしたきっかけでとても悪い人だと思ったり、あるいはその逆に嫌いな人を、ちょっとしたことで突然良い人だと思い込んだりします。そしてこの「ちょっとしたきっかけ」になることは、本人にとっては「見捨てられた」「裏切られた」と感じられたりすることが多いようです。また他人から見ると不思議に思うようなことで強い怒りを感じたりすることもあります。

自分自身に対するイメージも、他者に対してと同じように揺れ動きます。やはりちょっとしたきっかけで自分のことを好きになったり嫌いになったりすることを繰り返します。将来の自分を思い浮かべたりすることが難しくなり、自分というものがわからなくなります。それによって自分が無い感じや、虚しさを感じたりします。

感情の状態も不安定で、突然強い不安に襲われたり、イライラしたりすることが続きます。そして時に自分を傷つけるような行為、リストカットや薬物乱用、自殺未遂を行ったりします。その他にも様々な衝動的な行為をすることもあります。

なぜこのような症状が?

境界性パーソナリティ障害のメカニズムには様々な考え方があります。その多くは精神分析的な考え方が多いようですが、いくつか代表的なものを取り上げてみましょう。

まず、攻撃性の強さに関心を向ける考え方があります。

まず怒りを感じるとその怒りを相手に向けます。当然そのとき相手は悪い人だと感じています。そして怒りを感じるということは自分自身が満足な状態に無いということです。ですから怒りを感じている自分も悪い自分だと感じられます。すると怒りを感じやすい人は常に自分のことを悪い自分だと感じることになります。これはとても辛い状態なので、良い自分を守るために悪い自分を良い自分から切り離します。そしてよい自分になっている時はその“心地よい状態にしてくれている他者=良い他者”だと感じることになります。これによって良い自分像と悪い自分像、良い他者像と悪い他者像が交互に入れ替わることになり、自己像も他者像も気分の状態も不安定になってしまうのです。

別の考え方として「自立することで自分の大切としている人から愛されなくなってしまうのではないか」と感じてしまうとするものがあります。

「見捨てられ不安」と呼ばれたりします。そのため、自立をしているということを認めることが怖くなり、受身的でいれば大切な人から愛され、自分も良い気分でいられるという無意識的な考えにとらわれてしまいます。その一方で周囲から自立を促され、自分でも自立したいという考えがありますが、実際に自立をしようとすると、悪い自分になってしまったように感じられ、気分も悪くなる、ということが起こって来ます。ここでも良い自分と悪い自分が交互に入れ替わることになります。

自立することが見捨てられることにつながる、という考えは、境界性パーソナリティ障害の方が共感する力が強いことから生じます。相手のちょっとした表情の変化を見逃さず、相手の裏の感情を想像してしまいます。本来この想像力は創造性へとつながるものなのですが、境界性パーソナリティ障害の方はこうした想像力から起こる辛い感情に耐えることができず、自分の想像力を封印してしまうこともあります。

こうした怒りや見捨てられ不安など、自分の感情を自分で抱えておくことが難しいということに注目する考え方もあります。そして不安定な対人関係の持ち方は、自分では自分の感情を抱えておくことができないために、他者にその感情を肩代わりしてもらおうとして、様々な行動を行い、自分の感じている感情を他者にも同じように感じさせるのではないか、と考えられています。

境界性パーソナリティ障害の治療

境界性パーソナリティ障害の治療は、精神療法・薬物療法が中心です。

精神療法で目的とするのは、“心の振れ幅やかたより”を修正することです。そして、自分を見つめる練習をし、病理を自分で扱えるようにし、現在よりも健康なパーソナリティを作っていきます。 パーソナリティ障害における薬物療法の役割は、どちらかというと補助的なもの、と言えるかも知れません。パーソナリティ障害の治療においても、他の疾患と同じように、様々なお薬を使います。たとえば、抗精神病薬や抗うつ薬、抗不安薬などです。これらは、患者さんのもつ症状によって、たとえば不安感を抑えるなどの目的で使い分けられます。こうしたお薬の力を使って感情の波を落ち着かせつつ、健康的なパーソナリティを作っていく作業を行うのです。

ご家族や周囲の対応について

パーソナリティ障害の治療には、ご家族の協力が欠かせません。パーソナリティ障害の治療に取り組む際に、家族全員で(もちろん患者さんご本人も)心がけたいのは、次のようなポイントではないでしょうか。

  • •お父様お母様は、ご自身の問題から目をそらさない
    お互いがお互いに患者さんへの対応を任せっきりにしたり、「どうせ頼りにならない」などあきらめの気持ちを持ったりしていませんか?
  • •本人に対しては、一貫した態度で、対等に接する
    腫れものに触るように、何でもご本人の要望通りにすることや、逆に威圧的に接するのではなく、対等な人間として接しましょう。
  • •患者さんに御兄弟がいる場合は、比較しない
  • •患者さんご本人は、基本的に「自分のことは自分でする」ということを心がける

パーソナリティは、年齢とともに変わっていくものです。パーソナリティ障害の方も、年齢を経ると、穏やかになる傾向があります。しかし、それまでにかかる時間と辛さを考えると、治療を受けた方が良いでしょう。治療を通して直な自分を上手に表現できるようになると、障害をひとつの個性とすることができます。