こころのはなし

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血管性認知症/血管性軽度認知障害

血管性認知症(Vascular dementia)e
血管性軽度認知障害(Vascular mild cognitive impairment)

疾患の具体例

75歳男性。数年前から高血圧症でクリニックに通院しています。このところ、動作が緩慢になり、ちょっとした段差につまずいて転ぶことが増えました。 ものごとに対する意欲が低下し、時折、目まいを訴えます。話をする時は発音が不明瞭で、周囲が聞き取りにくくて困ることも少なくありません。 総合病院を受診し、CTを撮ると、小さな脳梗塞が複数見つかり、「血管性認知症」と診断されました。

特 徴

「血管性認知症」は、アルツハイマー病に次いで2番目に多い認知症です。 有病率は、アメリカの調査によると65~70歳で0.2%。80歳以上で16%とされています。 また、脳卒中になって3ヵ月以内の人のうち、20~30%が認知症とするデータもあります。女性よりも男性に多く、65歳以上で起こりやすいことがわかっています。

原 因

血管性認知症と、それになる手前の「血管性軽度認知障害」は、脳の血管の血栓、梗塞、出血といった脳の血管の障害が主な原因です。症状の表れ方によって、いくつかに分類されています。 まず、脳血管障害が連続したあとに急速に進行する場合は、「急性発症の血管性認知症」。 何回かの小さな梗塞が積み重なって、少しずつ症状が表れる「多発梗塞性認知症」に分けられます。また、高血圧で、大脳深部白質の血流が乏しくなることで起こる「皮質下血管性認知症」。脳の表面にある皮質と、さらに奥の部分の両方が障害されて起こる「皮質および皮質下混合性血管性認知症」もあります。 血管性認知症、または血管性軽度認知障害を招く危険因子は、脳血管疾患の危険因子と同様です。高血圧、糖尿病、高コレステロール値といった生活習慣病に加え、喫煙、肥満、高ホモシステイン値、アテローム性動脈硬化、細動脈硬化などがあげられます。ほかに心房細動や、脳塞栓の危険を増加させる病態なども危険因子になります。 また、アルツハイマー病や軽度認知障害に併発することも多く認められています。

症状、経過

血管性認知症や血管性軽度認知障害の原因は、大血管の脳卒中から微小血萱疾患まで広範囲にわたるため、症状の表れ方が一定ではありません。早く機能低下が進むケースもあれば、ゆっくりと発症して緩やかに進行するケースもあります。いずれにしても、途中で安定する時期があったり、いくらかの改善が見られたりします。周囲からすると、一見、治ったかのように見えることもあるくらいです。 随伴症状としては、高血圧、頸動脈雑音、一過性の抑うつ気分、泣いたり笑ったりしやすくなる情緒易変性、脳梗塞による一過性の意識混濁やせん妄などがあげられます。一部の症例では、脱抑制を伴って自己中心性、妄想的態度、易刺激性(怒りっぽさ)など、病気になる前の性格がより強調されることもあります。

治 療

血管性認知症や血管性認知障害は、現段階で根治する方法がありません。ただ、薬物治療によって認知症の症状が進むことを遅らせられることがあります。脳の神経にはたらきかける薬の「コリンエステラーゼ阻害薬」と「NMDA受容体阻害薬」は、認知機能の改善効果があると認められています。 また、脳血管障害の危険因子を管理することで、予防につながります。中年期からちゃんと血圧を管理することで、老年期になってからの認知症を予防できると考えられています。 脳卒中の早期発見・治療を目的とした大規模臨床試験によると、高血圧治療薬と利尿薬を投与した患者群は、脳卒中の再発が抑制され、さらに血管性認知症やアルツハイマー病の発症が低く、認知機能低下を示した症例が少ない結果となりました。降圧薬は、「アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬」、「アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)」、「Ca拮抗薬」などが推奨されています。

予 後

部分的に改善しながら段階的に機能が低下するものから、早く機能低下が進行するものまでさまざまです。皮質下血管性認知症や、その症状が軽い「皮質下血管性軽度認知障害」は、アルツハイマー病のように徐々に進行します。

診断基準:ICD-10

認知の障害は均一ではありません。記憶喪失、知的機能障害、局所的な神経学的徴候が見られる場合があります。一方、洞察力や判断力は比較的保たれることがあります。下記を考慮して鑑別します。

  1. せん妄(F05.-)
  2. 他の認知症、とくにアルツハイマー病のもの(F00.-)
  3. 気分(感情)障害(F30-F39)
  4. 軽度あるいは中等度の精神遅滞(F70-F71)
  5. 硬膜下血腫[外傷性(S06.5)、非外傷性(162.0)

血管エピソードが、明らかにアルツハイマー病を示唆する臨床像と、病歴が重なる場合のように、血管性認知症がアルツハイマー病型認知症と共存することもある(F00.2とコードする)。

診断基準:DSM-5

  1. 認知症または軽度認知障害の基準を満たす。

認知症

  1. 1つ以上の認知領域(複雑性注意、実行機能、学習および記憶、言語、知覚-運動、社会的認知)において、以前の行為水準から有意な認知の低下があるという証拠が以下に基づいている。
    (1)本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという懸念、および
    (2)可能であれば標準化された神経心理学的検査に記録された、それがなければ他の定量化された臨床的評価によって実証された認知行為の障害。
  2. 毎日の活動において、認知欠損が自立を阻害する(すなわち、最低限、請求書を支払う、内服薬を管理するなどの、複雑な手段的日常生活動作に援助を必要とする)。
  3. その認知欠損は、せん妄の状態でのみ起こるものではない。 [D]その認知欠損は、他の精神疾患によってうまく説明されない(例:うつ病、統合失調症)。

軽度認知障害

  1. 1つ以上の認知領域(複雑性注意、実行機能、学習および記憶、言語、知覚-運動、社会的認知)において、以前の行為水準から軽度の認知の低下があるという証拠が以下に基づいている。
    1.本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという懸念、および
    2.可能であれば標準化された神経心理学的検査に記録された、それがなければ他の定量化された臨床的評価によって実証された認知行為の軽度の障害。
  2. 毎日の活動において、認知欠損が自立を阻害する(すなわち、最低限、請求書を支払う、内服薬を管理するなどの、複雑な手段的日常生活動作は保たれるが、以前より大きな努力、代償的方略、または工夫が必要であるかもしれない)。
  3. その認知欠損は、せん妄の状態でのみ起こるものではない。
  4. その認知欠損は、他の精神疾患によってうまく説明されない(例:うつ病、統合失調症)。
  1. 臨床的特徴が以下のどちらかによって示唆されるような血管性の病因に合致している。
    1.認知欠損の発症が1回以上の脳血管性発作と時間的に関係している。
    2.認知機能低下が複雑性注意(処理速度も含む)および前頭葉性実行機能で顕著である証拠がある。
  2. 病歴、身体診察、および/または神経認知欠損を十分に説明できると考えられる神経画像所見から、脳血管障害の存在を示す証拠がある。
  3. その証拠は、他の脳疾患や全身性疾患ではうまく説明されない。

確実な血管性神経認知障害は以下の1つがもしあれば診断される。そうでなければ疑いのある血管性神経認知障害と診断すべきである。

  1. 臨床的基準が脳血管性疾患によるはっきりとした脳実質の損傷を示す神経画像的証拠によって支持される(神経画像による支持)。
  2. 神経認知症候群が1回以上の記録のある脳血管性発作と時間的に関係がある。
  3. 臨床的にも遺伝的にも[例:皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性遺伝性脳動脈症(CADASIL)]脳血管性疾患の証拠がある。

疑いのある血管性神経認知障害は、臨床的基準には合致するが神経画像が得られず、神経認知症候群と1回以上の脳血管性発作との時間的な関連が確証できない場合に診断される。

※参考文献
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)
『脳卒中治療ガイドライン2009』(日本脳卒中学会)