こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
「こころの病」についての知識をはじめ、
バラエティに富んだ情報を提供するなど、
患者様はもちろんご家族など皆様との交流を目指すコーナーです。

     

ピック病型認知症/前頭側頭型認知症・軽度認知障害

ピック病型認知症(Dementia in Pick's disease)
前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia)
前頭側頭型軽度認知障害(Mild Frontotemporal dementia)

疾患の具体例

56歳男性。長年、会社員として働き、いつもスーツ姿で通勤していました。ところが、数カ月前か身だしなみに頓着しなくなり、何日も同じ服を着るようになりました。 同じような発言を繰り返すことも増え、妻がそれを指摘すると怒り出します。暴言・暴力に発展することもありました。まるで別人のように性格が変わり家族は困惑していました。 ある日、近所のスーパーから「缶ビールを万引きした」と電話がかかってきました。妻が慌ててスーパーに駆け付けると、本人は平然とした顔をしています。 いよいよ心配になって精神科を受診すると、「前頭側頭型認知症」と診断されました。

特 徴

前頭側頭型認知症は、脳の前の部分と横の部分が萎縮したり、機能が低下したりする認知症です。 その疑いがある状態は、「前頭側頭型軽度認知障害」と言います。また、脳の神経細胞に「ピック球」という物質ができている場合は、「ピック病型認知症」と呼ばれます。いずれも、アルツハイマー型認知症とは違って、65歳以下の比較的若い人がかかる認知障害です。前頭側頭型認知症の有病率は、人口10万人あたり2~10人と推計されています。また、すべての認知症のおよそ5%を占めると考えられています。
症状の表れ方によって「行動障害型」と「言語障害型」の2つに分類され、言語障害型はさらに「意味型」「失文法/非流暢性型」「ロゴペニック(言語減少)型」に分かれます。男性は、行動障害型と言語障害型(意味型)がより多く、女性は言語障害型(非流暢性型)が多いと推計されます。

原 因

前頭側頭型認知症は、遺伝が関係する病気です。 患者さんのおよそ40%は、家族が若いうちから何らかの神経認知障害を持っています。また、患者さんのおよそ10%は、特定の遺伝子が変異しており、それも原因と考えられています。

症状、経過

前頭側頭型認知症のうち、行動障害型は喜怒哀楽の感情が乏しくなり、無気力な状態になります(アパシー)。世の中の出来事への関心を失い、自分の身の回りのことにも興味を示さなくなります。着替えや入浴などを避け、体を清潔に保てなくなる人もいます。
あるいは同じ行動障害型でも、自分の行動を抑制できなくなり(脱抑制)、暴力や暴言、遠慮のなさが見られる例もあります。同じ行動を何度も繰り返す。大量の物をためこむ。何でも口に入れる(口唇傾向)などの行動が見られ、時に、万引きなどの犯罪をすることもあります。
一方の言語障害型には、意味型、失文法/非流暢性型、ロゴペニック(言語減少)型の3タイプがあります。意味型は、言葉の意味がわからなくなることです。例えば、「ハンカチを持った?」と尋ねても「ハンカチ」の意味がわからず、周囲が驚くことがあります。また、失文法/非流調整型は、何かを話そうとしてもうまく言葉を組み立てられず、つっかえてしまう症状です。発音もうまくできなくなり、滑舌が悪い話し方になります。最後のロゴペニック(言語減少)型は、短期記憶が障害されて復唱ができなくなることを指します。 なお、多くの人が行動障害型と言語障害型の両方の特徴を持っています。アルツハイマー型認知症とは異なり、認知機能の低下はそれほど顕著ではありません。通常、自分が病気であるという自覚はないため、しばしば医療機関の受診が遅れます。

治 療

現段階では根治する治療法はありませんが、行動障害を改善するために「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」(SSRI)の使用が推奨されています。有効ではないとする医学論文もありますが、日本では脱抑制や不適切な性的行動等には、まずSSRIが使われます。 他に「コリンエステラーゼ阻害薬」を使うこともありますが、有効性の見解が一定せず、効果がないとする報告や、脱抑制を悪化させると報告されています。また、「NMDA受容体拮抗薬」は、行動障害に対して一時的または部分的に効果があると報告されています。
薬物療法以外では、残された能力を利用した行動療法的介入や、家族指導等が効果を発するという場合もあります。ただ、人格・行動・感情面での障害が表れるため、家族の負担がより大きくなりがちです。家族が病態を理解することも大切だと言えます。

予 後

前頭側頭型認知症または、前頭側頭型軽度認知障害、ピック病型認知症の発病年齢は20~80代まで幅がありますが、一般的には50代で発症します。比較的若い年齢で発病するため、職場や家庭生活でトラブルが起こることが少なくありません。 病気は徐々に進行し、発症後の生存期間は6~11年。診断がついてからは3~4年と言われています。 アルツハイマー型認知症より進行が早く、生存期聞が短い認知症なのです。

診断基準:ICD-10

確定診断のためには以下の特徴が必要である。

  1. 進行性の認知症。
  2. 前頭葉症状が優勢なこと。すなわち、多幸、感情鈍麻、社会行動の粗雑化、抑制欠如と無感情か落着きのなさ。
  3. 行動的徴候は一般に明白な記憶障害に先行する。アルツハイマー病と異なり、前頭葉症状は側頭葉、頭頂葉症状よりも顕著である。

診断基準:DSM-5

  1. 認知症または軽度認知障害の基準を満たす。

認知症

  1. 1つ以上の認知領域(複雑性注意、実行機能、学習および記憶、言語、知覚-運動、社会的認知)において、以前の行為水準から有意な認知の低下があるという証拠が以下に基づいている。
    (1)本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという懸念、および
    (2)可能であれば標準化された神経心理学的検査に記録された、それがなければ他の定量化された臨床的評価によって実証された認知行為の障害。
  2. 毎日の活動において、認知欠損が自立を阻害する(すなわち、最低限、請求書を支払う、内服薬を管理するなどの、複雑な手段的日常生活動作に援助を必要とする)。
  3. その認知欠損は、せん妄の状態でのみ起こるものではない。
  4. その認知欠損は、他の精神疾患によってうまく説明されない(例:うつ病、統合失調症)。

軽度認知障害

  1. 1つ以上の認知領域(複雑性注意、実行機能、学習および記憶、言語、知覚-運動、社会的認知)において、以前の行為水準から軽度の認知の低下があるという証拠が以下に基づいている。
    1.本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという懸念、および
    2.可能であれば標準化された神経心理学的検査に記録された、それがなければ他の定量化された臨床的評価によって実証された認知行為の軽度の障害。
  2. 毎日の活動において、認知欠損が自立を阻害する(すなわち、最低限、請求書を支払う、内服薬を管理するなどの、複雑な手段的日常生活動作は保たれるが、以前より大きな努力、代償的方略、または工夫が必要であるかもしれない)。
  3. その認知欠損は、せん妄の状態でのみ起こるものではない。
  4. その認知欠損は、他の精神疾患によってうまく説明されない(例:うつ病、統合失調症)。
  1. その障害は潜行性に発症し緩徐に進行する。
  2. (1)または(2)。

(1)行動障害型。
(a)以下の行動症状のうち3つ、またはそれ以上。
I..行動の脱抑制。
II.アパシーまたは無気力。
III.思いやりの欠如または共感の欠如。
IV.保続的、常同的または強迫的/儀式的行動。
V.口唇傾向および食行動の変化。
(b)社会的認知および/または実行能力の顕著な低下。
(2)言語樟害型
(a)発語量、喚語、呼称、文法、または語理解の形における、言語能力の顕著な低下。

  1. 学習および記憶および知覚運動機能が比較的保たれている。
  2. その障害は脳血管疾患、他の神経変性疾患、物質の影響、その他の精神疾患、神経疾患、または全身性疾患ではうまく説明されない。

確実な前頭側頭型神経認知障害は、以下のどちらかを満たしたときに診断される。それ以外は疑いのある前頭側頭型神経認知障害と診断されるべきである。
1. 家族歴または遺伝子検査から、前頭側頭型神経認知障害の原因となる遺伝子変異の証拠がある。
2. 神経症状による前頭葉および/または側頭葉が突出して関与しているという証拠がある。
疑いのある前頭側頭型神経認知障害は、遺伝子変異の証拠がなく、神経画像が実施されなかった場合に診断される。

※参考文献
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)
『脳卒中治療ガイドライン2009』(日本脳卒中学会)