こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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悪夢・悪夢障害

F51.5 悪夢 Nightmares 悪夢障害 Nightmares Disorder

疾患の具体例

24歳、女性。子どもの頃にいじめられ、不登校になった経験を持ち、成人した今でも精神的な傷が癒えていません。普段はそれほど気になることはありませんが、時々、いじめられていた頃の様子が具体的に再現された悪夢を見ます。当時の悲しみ、悔しさ、精神が追い詰められて自殺を考えていたことがやたらリアルに蘇り、目が覚めてからも憂うつでなりません。会社に出勤することさえ困難になり、眠ることが怖いとすら思います。会社は交替制勤務で、眠る時間は不規則になりがちです。朝方、入眠する場合に悪夢を見ることが多いような気もします。近所のメンタルクリニックに相談すると、こうした悪夢は「悪夢障害」とも言うと説明されました。

症 状

悪夢は、強い不安や差し迫った恐怖を伴う夢の体験です。何かに追いかけられたり、自分の生命が脅かされたりする内容が多く、実にリアリティーがある夢です。悪夢を見ている際、発汗や頻脈、頬呼吸など軽い自律神経亢進状態が生じることがあります。しかし、夜驚症のように絶叫あるいは体動はないのが普通です。
通常の“悪い夢”は、目が覚めてからぼんやり思い出されるだけのものですが、ここでいう悪夢は、覚醒した直後でも翌朝でも夢の内容を細部まで語ることができます。はっきりと目が覚めてからも、悪夢の不快な感情は持続して、続けて眠れなくなったり、日中まで精神的苦痛が続いたりする人もいます。
大人が悪夢を見る場合、パーソナリティー障害の形をとった重い心理的障害が関係していることがあります。あるいは心的外傷性体験がきっかけで悪夢を見ることもあります。その場合は、心的外傷の原因となった場面を再現した悪夢(再現性悪夢)かもしれません。多くの場合、同じような内容の悪夢を繰り返し見ます。あまりに頻繁に悪夢を見る人は、自殺念慮や自殺企図の危険性が高い場合もあります。
子どもの時の悪夢は、通常、情緒的発達の段階と関係しているので、常に心理的障害が関連しているとは限りません。  なお、悪夢が起こるのはほとんどが浅い眠りのレム睡眠中ですが、主要な睡眠時間帯の後半で眠りが浅くなった時に起りやすい傾向があると考えられています。ただ、これは絶対ではなく、睡眠中どの時点でも生じる可能性はあります。

原 因

気質要因:
必ずしも心的外傷であるとは限らず、しばしばパーソナリティー障害や精神疾患が関連しています。

環境要因:
レム睡眠の質を悪くするような断眠、不規則な睡眠スケジュールなどが悪夢の危険性を高くします。

遺伝要因と生理学的要因:
双子を調べた研究では、悪夢を起こす素質と他の睡眠時随伴症候群(例:寝言)の併存に対して遺伝的な影響があることがわかっています。

薬物の離脱:
三環系抗うつ薬、ベンゾジアゼピン系薬剤など、レム睡眠を抑制する薬剤を急にやめようとすると、悪夢が増加することがあります。

有病率

小児期から青年期にかけて有病率が上昇します。1.3~3.9%の親が、就学前の子どもが悪夢を「頻繁に見る」、あるいは「いつも見る」と報告しています。男女とも10~13歳の期間に有病率が増加しますが、女性は20~29最まで有病率の増加が続き、男性より2倍も多くなります。成人では過去1ヵ月間に悪夢を経験した割合は6%ですが、頻繁に悪夢を見る割合は1~2%です。年をとると、性別に関係なく有病率が低下します。

経 過

悪夢は、心理社会的ストレスにさらされた子どもに生じる可能性が高く、自然には解消しないかもしれません。数は少ないものの、成人期に頻繁に悪夢が持続し、ほぼ生涯を通じた障害になる人もいます。子どもに関しては、悪夢を見たあとに親がなだめるなど、適切な行動をとることが防止になるかもしれません。

診断基準:ICD-10

以下の臨床特徴は確定診断のために必須である。

  1. 夜間睡眠あるいはうたた寝から覚醒し、通常は生存、安全あるいは自己評価を脅かすようなひどく恐ろしい夢を鮮明かつ詳細に思い出す。覚醒は睡眠中いつでも起こりうるが、典型的には睡眠後半である。
  2. 恐ろしい夢から覚めると患者はすぐに意識清明となり、見当識をもつ。
  3. 夢体験自体およびその結果生じる睡眠の障害によって、患者は著しく悩まされる。

診断基準:DSM-5

  1. 長引いた非常に不快な、詳細に想起できる夢が反復して生じる。その夢は、通常、生存、安全、または身体保全への脅威を回避しようとする内容を含み、一般的には主要睡眠時間の後半に起こる。
  2. 不快な夢から覚めると、その人は急速に見当識と意識を保つ。
  3. その睡眠障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
  4. その悪夢症状は、物質(例:乱用薬物、医薬品)の生理学的作用によるものではない。
  5. 併存する精神疾患または医学的疾患では、不快な夢の訴えの主要部分を十分に理解できない。

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)