こころのはなし

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非器質性不眠症

F51.0 非器質性不眠症 Nonorganic insomnia 不眠障害 Insomnia disorder

疾患の具体例

60歳、女性。半年ほど前からよく眠れず、悩んでいます。夜10時頃に布団に入っても目が覚めたままで、そのまま30分ほど悶々としています。なんとか眠り就いても夜中の3時頃に目が覚めやすく、そのまましばらく眠れない時間を過ごします。日中は気分が優れず、外出する気力もわきません。家事や料理をしていても頭のなかがぼんやりとし、このまま重篤な病気になってしまうのではないかと、ついくよくよしてしまいます。寝酒として少量のアルコールを飲むと、少し寝つきやすくなりますが、いつも途中で目が覚め、気が滅入ります。だんだん、夜が近づき、布団に入ることが怖くなってきました。医療機関を受診すると「非器質性不眠症」と診断されました。

特 徴

非器質性不眠症(または不眠障害)とは、睡眠の質や量が不十分な状態が長期間にわたって持続しているものです。基本的には、本人(子どもの場合は世話をする人)の主観的な満足感や、ポリソムノグラフィー(脳波、呼吸運動、心電図などを一晩中記録する検査)などによって診断されます。 不眠症は、眠れないタイミングによって3つに分類されています。
まず、ベッドに入っても寝付けない場合は「入眠時不眠(入眠困難、あるいは初期不眠)」です。本人が20~30分以上も寝付けないと感じることが一つの定義になっています。次に、いったん寝入っても、何度も目を覚ましたり、途中でしばらく眠れなくなったりする状態は「睡眠維持不眠(睡眠維持困難、あるいは中期不眠)です。眠ってから20~30分以上にわたって覚醒した時間があることが目安です。もう一つ、早朝に覚醒して再び入眠できない場合を「早朝覚醒(後期不眠)」と言います。標準的な定義はありませんが、予定時刻より少なくとも30分前に目が覚め、睡眠時間全体が6.5時間以下の場合に該当します。通常、3つの症状は組み合わさって生じますが、入眠時不眠や睡眠維持不眠は比較的多く見られます。こうした状態が、少なくとも1週間に3夜、1~3ヵ月間持続する場合、非器質性不眠症と診断されます。
なお、量的には正常範囲内の睡眠をとりながらも、質的にはまったく不十分な睡眠しかとれない人たちもいます。眠って目が覚めても回復感がなく、よく休めなかったという質の悪い睡眠です。この場合、入眠困難または睡眠維持困難と関連して起こることがよくあります。質の悪い睡眠だけが単独で生じることはまれで、あるとしたらほかの睡眠障害(呼吸関連睡眠障害など)と関連しているかもしれません。

症 状

不眠症の一番の症状は、夜間、眠りたくても眠れない苦しさですが、それだけではありません。昼間、疲労感や気力減退、気分の障害など、さまざまな症状を伴います。それほど多くはありませんが、昼間の眠気を感じる人もいます。気分が沈んだり、過度に緊張したり、くよくよ、いらいらしやすくなることも特徴です。また、注意、集中、記憶が困難になり、簡単な手作業でさえ難しくなる場合もあります。怒りっぽくなったり、気分が不安定になったり、特定の精神疾患の基準を満たさない程度の不安、抑うつが現れる人もいます。
何度も不眠を経験すると、眠れないことが怖くなっていきます。眠る時間になると緊張、不安、心配あるいは抑うつを感じ、「まるで思考が空回りするようだ」と言う人もいます。不眠の及ぼす悪影響のことばかりに気をとられ、自分の健康状態や死についてさえも繰り返し考え込むようになります。こうなると、さらに眠れなくなり、不眠症が長引く悪循環に陥ります。 不安や緊張を和らげるために、薬またはアルコールを飲む人も多く見られます。

原 因

青年期の不眠症は、夜更かし、昼夜逆転など不規則な睡眠習慣が引き金になり、悪化の要因にもなります。高齢者の不眠症は、加齢とともに睡眠維持の能力が低下することが原因のこともあります。あるいは、加齢によって睡眠時間帯の割り当て時間が移動することも関連しています。 眠ろうとする努力や、眠りに対する誤解が結果的に欲求不満を高め、さらに不眠症を悪化させることもあります。例えば、ベッドに入る時間が早すぎて、過度に長い時間を過ごしたり、誤った睡眠スケジュール表に従ったり、昼寝をしたりといった不適切な睡眠習慣です。 あるいは、「また眠れなかったらどうしよう」と悩んだり、夜中に起きて何度も時計を見たりする行動が、症状を悪化させます。一度、眠れない夜を過ごしたことのある環境で、そのような活動を行うと、「眠れなかった時のパターンと同じ」と条件付けがなされ、ますます覚醒するのです。

治 療

睡眠薬による薬物療法が行われます。長期間作用するタイプの睡眠薬は、夜間の途中覚醒に適応します。短時間作用型の睡眠薬は、入眠障害に対して有効です。しかし、体が薬に慣れてしまったり、離脱症状を起こしたりしないために、薬物療法は2週間以内にとどめることが推奨されています。 また、毎日同じ時間に起きる、寝る前の刺激物(コーヒー、ニコチン、アルコール、刺激薬)はやめる、昼寝を避ける、早朝に運動する習慣をつけるなど、生活習慣の見直しも行われます。一度にいくつもの生活習慣変更を行おうとすると失敗する恐れが多いため、2~3点にしぼって指導されます。 ほかに、眠りに関する条件付けを解除する療法もあります。寝室を変えたり、眠くなるまでベッドに近づかないようにしたり、寝る前の手順をいつもと違うようにしたりするだけで眠れるという人もいます。

経 過

不眠症はあらゆる年代で生じますが、最初は青年期に起こる場合が多いとされています。それほど多くはありませんが、小児期に始まるケースも見られます。女性は、更年期に不眠症が始まり、顔面紅潮などほかの症状が消えたあとも持続することがあります。 研究報告によると、1~7年の経過観察で45~75%は慢性化の経過をたどるとされています。ただし、慢性化したとしても、睡眠の様式は夜ごとに変動します。連日、眠れない日々を過ごしている人が、時々、一晩だけ安眠できることもあります。

有病率

成人の約1/3が不眠症状を訴え、10~15%が随伴する日中の支障を経験しており、6~10%が不眠障害の基準を満たす症状を有することが報告されています。不眠障害は、ほかの睡眠障害(過眠症など)と比べてもっとも有病率が高いものです。1.44対1の割合で、女性方が男性より多く生じます。 全体的に、子どもや青年よりも中高年者によく見られますが、不眠症状の型は年齢に応じて変化します。入眠困難は若年者でより多く、睡眠維持困難は中高年者でより多い。入眠および睡眠維持の困難は子ども、および青年でも多く生じています。 不眠症はストレスの増加した時に生じることから、女性、高齢者、心理的障害のある人、社会経済弱者に目立つ傾向があるとも言われています。

診断基準:ICD-10

以下の臨床的特徴は、確定診断のため必須である。

  1. 訴えは入眠困難か睡眠の維持の障害、あるいは熟眠感がないことである。
  2. 睡眠障害は少なくとも1ヵ月間、少なくとも週3回以上訴えられている。
  3. 夜も昼も不眠へのとらわれと、その影響についての過度の心配がある。
  4. 量的および/または質的に不十分な睡眠によって著しい苦悩が引き起こされるか、あるいは毎日の生活における通常の活動が妨げられている。

睡眠の量的および/または質的な不十分さが患者の唯一の訴えであるときは、ここにコードすべきである。もし不眠が主要な訴えであるか、あるいは不眠がひどく、慢性化して、そのために患者が不眠を一次障害だと考えているならば、抑うつ、不安、強迫観念などのような他の精神症状があっても、不眠と診断してよい。もし非常に顕著で治療を要するような他の障害が併存するならば、それらもコードすべきである。大多数の慢性的な不眠症患者は、通常、自分の睡眠障害にとらわれてしまい、何らかの情緒的問題があってもそれを否認してしまうということを銘記すべきである。したがって、訴えの心理的原因を除外する前に注意深く臨床的に評価することが必要である。 不眠は感情障害、神経性障害、あるいは悪夢のような他の睡眠障害によく認められる症状である。また不眠は疼痛や不快感を伴ったり、ある種の薬剤を投与されるような身体的障害に随伴して生ずることもある。もし不眠がち、不眠が臨床像を支配していないならば、診断は基礎にある精神障害あるいは身体的障害にのみ限定すべきである。さらに、悪夢、睡眠・覚醒スケジュール障害、睡眠時無呼吸、そして夜間ミオクローヌスなどのような他の睡眠障害が、睡眠を量的あるいは質的に減少させているときにはいつも、それらの診断のみをくだすべきである。しかしながら、上述したすべての例において、もし不眠が主要な訴えの1つであって、それ自体が1つの病態と考えられるならば、主診断の後にこのコードを付加すべきである。 このコードはいわゆる「一過性の不眠」には適用されない。一過性の睡眠障害は日常生活でふつうに認められる現象である。したがって、心理社会的ストレスと関連した数日間の不眠はここにはコードしないが、もし他の重要な臨床症状を伴っているならば、急性ストレス反応あるいは適応障害の一部とみなすことができるであろう。

診断基準:DSM-5

  1. .睡眠の量または質の不満に関する顕著な訴えが、以下の症状のうち1つ(またはそれ以上)を伴っている。
  1. 入眠困難(子どもの場合、世話する人がいないと入眠できないことで明らかになるかもしれない)
  2. 頻回の覚醒、または覚醒後に再入眠できないことによって特徴づけられる、睡眠維持困難(子どもの場合、世話する人がいないと再入眠できないことで明らかになるかもしれない)
  3. 早朝覚醒があり、再入眠できない
  1. その睡眠の障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、教育的、学業上、行動上、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
  2. その睡眠困難は、少なくとも1週間に3夜で起こる。
  3. その睡眠困難は、少なくとも3ヵ月間持続する。
  4. その睡眠困難は、睡眠の適切な機会があるにもかかわらず起こる。
  5. その不眠は、他の睡眠-覚醒障害(例:ナルコレプシー、呼吸関連睡眠障害、概日リズム睡眠-覚醒障害、睡眠時随伴症)では十分に説明されず、またはその経過中にのみ起こるものではない。
  6. その不眠は、物質(例:乱用薬物、医薬品)の生理学的作用によるものではない。
  7. 併存する精神疾患および医学的疾患では、顕著菜不眠の訴えを十分に説明できない。

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)