こころのはなし
こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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依存症候群/物質使用症候群
F1x.2 依存症候群 Dependence syndrome
物質使用症候群 Substance Use Disorders
疾患の具体例
38歳男性。仕事のストレスから夜も眠れなくなり、精神科クリニックを受診。抗不安薬と睡眠薬を処方されました。当初は少ない薬の量でもよく眠れていました。ところが、そのうちに体が慣れ、薬が効かなくなっていきました。薬が切れると我慢ならず、衝動的に通常量より多く飲んでしまうこともあります。心配になって別のクリニックを受診すると「依存症候群」と診断され、適切な治療を受けるように言われました。
症 状
ICD-10に記載されている「依存症候群」は、ある物質を使用することが、他の行動よりもはるかに優先するようになる生理的、行動的、認知的な現象のことを指します。精神作用物質(薬物など)、アルコール、タバコを使用したいという欲望が非常に強くなり、時に抵抗できないほど高まる状態です。例として、アルコール依存症は、平日・週末を問わず、飲酒しなければ我慢しがたい欲求に駆られます。
症状が重くなると、入手可能な物質ならどのようなものでも使用したいという衝動を常に感じ、使用を絶つと苦悩、感情の激しい高ぶりなどが見られるようになります。
DSM-5では「物質使用障害」として、同様の疾患について記載されています。アルコール、大麻、幻覚薬、吸入剤、オピオイド、鎮静薬、睡眠薬、抗不安薬、神経刺激薬、タバコ、その他のすべてにおいて、強烈な渇望を抱くようになる状態を指します。
原 因
薬物乱用や薬物依存の原因は、当事者の精神力動的(心的なエネルギー)による要因や、行動、遺伝、神経科学的な要因などが組み合わさっていると考えられています。
◎精神力動的要因
物質乱用はうつ病性障害との関連があるか、もしくは自我機能の障害が影響していると言われています。自分が「こうしたい」と思う欲求が、社会的に「こうすべき」という行動とうまくバランスが取れていない可能性があります。
◎行動理論
依存の対象となる物質を求めて実際に行動することを、「物質探索行動」と言います。大半の乱用物質は、最初に使用した時の心地よい体験によって、探索行動が引き起こされます。
◎遺伝要因
アルコール乱用は、遺伝的要因が関係すると考えられています。他の物質依存については、遺伝的要因が関係しているという報告はあまりありません。しかし、一部ではそれらにも遺伝的根拠があるとする研究報告もあります。
◎神経科学的要因
アルコールを除くほとんどの物質乱用は、脳の神経伝達物質やその受容体に影響を及ぼすことが確認されています。
特 徴
アメリカの国立薬物乱用研究所(NIDA)と他の機関は、違法薬物使用について定期的な調査を実施しています。それによると、人口の約40%が生涯に1種類以上の違法薬物を使用したことがあり、約15%が過去1年間に違法薬物を使用。物質乱用の生涯有病率は約20%だと言われています。また、使用する物質によって、依存症になる可能性が異なります。例えば、アヘン類に生涯依存する率(生涯有病率)は約23%。タバコへの依存は32%。コカインは17%、アルコールは17%、幻覚薬はわずか5%だと報告されています。アルコールに関しては、女性(9.2%)よりも男性(21.4%)が依存に陥りやすいことがわかっています。
治 療
物質関連の問題を引き起こした人の中には、正式な治療を行わなくても加齢によって回復する例もあります。ニコチン嗜癖(タバコへの依存)のようなそれほど重篤でない障害は、短期的な働きかけが効果的であることがしばしば認められています。また、特別な手法や技術(個人精神療法、家族療法、集団療法、再発予防、薬物療法など)が有効な場合もあります。いずれにしても、突然治るものではなく、いくつかの段階を経て変化(回復)していきます。
診断基準:ICD-10
依存の確定診断は、通常過去1年間のある時期に、次の項目のうち3つ以上がともに存在した場合にのみくだすべきである。
- 物質を摂取したいという強い欲望あるいは強迫感。
- 物質使用の開始、終了、あるいは使用量に関して、その物質摂取行動を統制することが困難。
- 物質使用を中止もしくは減量した時の生理学的離脱状態。その物質に特徴的な離脱症候群の出現や、離脱症状を軽減するか避ける意図で同じ物質(もしくは近縁の物質)を使用することが証拠となる。
- はじめはより少量で得られたその精神作用物質の効果を得るために、使用量を増やさなければならないような耐性の証拠(この顕著な例は、アルコールとアヘンの依存者に認められる。彼らは、耐性のない使用者には耐えられないか、あるいは致死的な量を毎日摂取することがある)
- 精神作用物質使用のために、それに代わる楽しみや興味を次第に無視するようになり、その物質を摂取せざるを得ない時間や、その効果からの回復に要する時間が延長する。
- 明らかに有害な結果が起きているにもかかわらず、依然として物質を使用する。例えば、過度の飲酒による肝臓障害、ある期間物質を大量使用した結果としての抑うつ気分状態、薬物に関連した認知機能の障害などの害。使用者がその害の性質と大きさに実際に気付いていることを(予測にしろ)確定するよう努力しなければならない。
診断基準:DSM-5
診断基準は、「制御障害」「社会的障害」「危険な使用」「薬理学的基準」の4群に分けて考えることができる。一般的な評価として、2~3つの症状が当てはまれば軽症。4~5つの症状が当てはまれば中等度、6つ以上は重度の物質使用障害と考えられる。
- ●制御障害
- 基準1 その人は当初意図していたよりも、より多量にまたはより長期間、物質を使用するかもしれない。
- 基準2 その人は物質の使用を減量または制御しようという希望を持続的に表明しているかもしれないし、使用量を減らしたり使用の中断を試みたりした時の失敗を報告するかもしれない。
- 基準3 その人は非常に多くの時間を、物質の獲得、物質の使用、物質の作用からの回復に費やす場合がある。
- 基準4 渇望は薬物に対する強烈な欲求または衝動となって表れ、それはいかなる時も出現することがあるが、特に出現しやすいのは、かつて薬物を獲得したり使用したりした環境においてである。
- ●社会的障害
- 基準5 物質使用を繰り返した結果、職場、学校、または家庭で果たすべき重要な役割責任を果たすことができなくなることがある。
- 基準6 物質の作用によって引き起こされたり、悪化したりした、社会上のまたは対人関係上の問題が持続したり、繰り返されたりしてもなお、その人は物質使用を続けるかもしれない。
- 基準7 物質使用の結果、重要な社会的、職業的あるいは娯楽的な活動が放棄されたり、縮小されたりするかもしれない。
- ●危険な使用
- 基準8 身体的に危険な状況で物質を繰り返し使用するという形をとる場合がある。
- 基準9 持続的または反復性の身体的または精神的な問題が物質によって引き起こされた、あるいは悪化したらしいとわかっていても、その人は物質使用を続けることがある。
- ●薬理学的な基準
- 基準10 望むような効果を得るために必要な物質の量が著明に増大するか、または通常量を摂取した際の効果が著明に減弱する。
- 基準11 離脱。物質を長期にわたって大量に摂取していた人において、血中あるいは組織内の物質の濃度が減少した時に生じる症候。
※参考文献
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)