こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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離人・現実感喪失症候群

F48.1 離人・現実感喪失症候群 Depersonalization derealization syndrome

疾患の具体例

17歳、男性。学校での人間関係がうまくいかないことがきっかけで、うつ病の治療を受けていました。学校を休み、家で寝込むことの多い毎日を過ごしています。家族と食事をしている時、ふと、ものを食べている自分を上から見下ろすような感覚を覚えました。茶わんを持つ手が自分の手ではないように感じ、おかずを噛む感覚も他人が食べているように感じます。家族の会話は、テレビドラマを見ているように感じられます。現実なのか、夢を見ているのかがはっきりとせず、自分だけがフワフワと浮いたような気分になりました。定期的に通院している病院の医師に相談すると「離人・現実感喪失症候群」と診断されました。

症 状

自分が自分でないかのような感覚、あるいは夢の中にいるようなぼんやりした感覚にとらわれる症候群です。「離人感(離人症)」と「現実喪失感」は分けて考えることができます。 離人感とは、自分の意思と体が分離されて、自動的に動かされているような感覚です。患者さんによっては、自分自身を遠くから眺めているように、もしくは自分は幽霊になったように感じることもあります。また、自分の体が異物と感じられる人もいます。例えば、手足が通常よりも大きく、あるいは小さく感じられるのです。体の半分が存在しないように感じられる「片側離人症」もあります。 一方の現実喪失感は、自分の周囲の物事が奇妙な人工物であるように、あるいはみんなが不自然な演技をしているように感じることです。
どちらも、いわゆる「臨死体験」に似ているとも言われます。また、患者さんはこの症状が現実ではないことを自覚しています。
なお、この症候群は、単独で発症するケースはあまりありません。一般的にはうつ病、恐怖症性障害、強迫性障害などとの関連で生じます。

有病率

この症候群の疫学研究はごくわずかで、具体的な有病率はわかっていません。最近の少数の研究では、離人感は女性のほうが男性より2倍生じると報告されています。発症の平均年齢は約16歳で、40歳以上にはめったに見られません。しかし、中には10歳で発症した患者さんもいます。

原 因

心理学・神経学的、または全身疾患によって引き起こされると考えられています。 心理学・神経学的要因は、精神的な疲労、不安障害、うつ病性障害、統合失調症などが挙げられます。全身性原因としては、甲状腺やすい臓などの内分泌障害。てんかん、脳腫瘍、感覚遮断、外傷などが原因になることがあります。離人感は、脳神経外科手術で側頭葉皮質に電気刺激を与えることによっても引き起こされる場合があります。また、離人感はアルコール、医薬品、マリフアナなど一連の物質によっても生じます。

経 過

ほとんどの場合、突然に発現する症候群です。少数の継続的調査によると、離人症は長期にわたって継続しています。多くの患者さんにおいて、重症度は大きく変動せず、症状は一定して存続します。人によっては、症状がない休止期がありますが、精神的な疲労感を受けると休止期であっても症状が現れることがあります。ただし、具体的な促進要因については、まだ特定されていません。

治 療

離人・現実感喪失症候群そのものに対する治療法は、ほとんど研究されていません。しかし、患者さんの不安に対しては通常の抗不安薬が有効です。元となっている病気(例えば統合失調症)に対しても、薬物療法が可能です。精神療法は十分に研究されていませんが、精神分析または洞察思考の精神療法は、患者さんの人格、対人関係、生活状況によって適応されることもあります。

診断基準:ICD-10

確定診断のためには(a)と(b)のどちらかあるいは両方に加えて、(c)と(d)もなければならない。

(a)離人症状、すなわち患者が自分自身の感性および/または経験を分離されている、よそよそしく、自分自身のものでない、失われている、などと感じる。
(b)現実感喪失症状、すなわち対象、人々および/または周囲全体が非現実的で、よそよそしく、人工的で、色彩がなく、生命感がないように見る。
(c)このことが主観的で自発的な変化であり、外力あるいは他の人々によって強いられたものではないと受け入れること(すなわち洞察)。
(d)知覚は明瞭であり、中毒性の錯乱状態、あるいはてんかんではないこと。

診断基準:DSM-5

記載なし

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)