こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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特異的(個別的)恐怖症

F40.2 特異的(個別的)恐怖症 Specific(isolated)phobias 限局性恐怖症 Specific phobias

疾患の具体例

22歳、女性。夜、自宅のマンションに帰り着いた時に地震が起こり、エレベーターに閉じ込められ、恐怖のためにパニックを起こしました。エレベーターが開き、部屋に入ってからも停電のために電気がつかず、真っ暗な狭い部屋で過ごさねばなりませんでした。本人にとっては耐え難い恐怖でした。以前から暗闇や狭いところを恐れていましたが、今回ほど恐ろしかったことはありません。精神科クリニックに相談すると「特異的(個別的)恐怖症」と診断されました。

特 徴

特異的(個別的)恐怖症、または限局性恐怖症は、何かしら特定の物や状況に対し、異常に恐怖心を抱く障害です。子どもにもみられる障害で、その場合は、泣いたり、かんしゃくを起こしたり、あるいは凍りつく、または、まといつくなどで恐怖や不安が表されることがあります。 対象となる物は様々で、例えば特定の動物、高所、雷、暗闇、飛行、閉所、公衆トイレでの排泄、特定の食べ物の摂取、血液、注射、外傷の目撃、特定の病気などが挙げられます。1人が複数の限局性恐怖を持つことが多く、平均で3つの物または状況への恐怖がみられます。
この障害のある人は、対象物や状況を意図的に避けようとします。高所恐怖のために橋ではなく遠回りしてもトンネルを通る、血液恐怖のために病院へ行くことを拒否する、飛行恐怖のために時間がかかっても電車移動にするなどです。
自分の反応が不相応であることは、しばしば認識していますが、恐怖する物による危険性を過大評価する傾向もみられます。障害のために、仕事や対人関係がうまくいかなくなるなど、生活の質を低下させることもよくあります。高齢者の転倒恐怖は、活動の低下、身体的・社会的機能の低下へとつながることもあります。特に、嘔吐と窒息恐怖は食事摂取を著しく減少させ、健康への影響も懸念されます。
また、この障害を持つ人は、持たない人より60%も自殺企図を試みる傾向があります。しかし、この企図率の高さは、パーソナリティー症候群や他の不安症群との併存によるものだろうと考えられています。

有病率

アメリカの調査によると、一般市民の限局性恐怖症の12ヵ月有病率は7~9%程度と見積もられています。ヨーロッパ諸国では、アメリカとおおむね同様(例:約6%)で、アジア、アフリカ、南米諸国においては2~4%とやや低いと考えられています。子どもにおける有病率は約5%で、13~17歳は16%です。年齢の高い人での有病率は低い(約3~5%)とされています。また、男女比はおおむね2:1で、男性のほうが高頻度で罹患します。ただし、動物や自然恐怖、状況の限局性恐怖症は圧倒的に女性に多く、血液、注射、負傷による恐怖はあまり性差がありません。

経 過

通常、小児期あるいは成人早期に生じます。発症年齢の中央値は7~11歳の間で、平均は約10歳です。治療を受けないでいると何十年も持続することがあります。成人期まで治らなかった場合は、ほとんどが寛解しないとも言われています。高齢者では有病率が低いものの、転倒恐怖や自然環境の限局性恐怖症が生じやすいことがあります。また、認知症の要因になるかもしれません。

原 因

限局性恐怖症は、心的外傷的出来事(例:動物に襲われる、エレベーターに閉じ込められる)を受けた時や、他人が心的外傷的出来事を受けた様子(例:誰かがおぼれている)を目撃した時に生じることがあります。あるいは、刺激的なマスコミ報道(例:航空機事故についての過剰な報道)をみたことで発症する場合もあります。しかし、多くは恐怖症の発症について思い出すことができません。 また、親の過保護や、親の喪失や分離、身体的または性的虐待といったことも要因となり得ます。

診断基準:ICD-10

確定診断のためには、以下のすべての基準が満たされなければならない。

  1. 心理的状況あるいは自律神経症状は、不安の一時的発現であり、妄想あるいは強迫思考のような他の症状に対する二次的なものであってはならない。。
  2. 不安は、特定の恐怖症の対象や状況の存在に限定して生じなければならない。。
  3. 恐怖症的状況は可能な限り回避される。

診断基準:DSM-5

  1. 特定の対象または状況(例:飛行すること、高所、動物、注射されること、血をみること)への顕著な恐怖と不安 注:子どもでは、恐怖や不安は、泣く、かんしゃくを起こす、凍りつく、または、まといつく、などで表されることがある。
  2. その恐怖の対象または状況がほとんどいつも、即時、恐怖や不安を誘発する。
  3. その恐怖の対象または状況は、積極的に避けられる、または、強い恐怖や不安を感じながら堪え忍ばれている。
  4. その恐怖または不安は、特定の対象や状況によって引き起こされる実際の危険性や社会文化的状況に釣り合わない。
  5. その恐怖、不安、または回避は持続的であり、典型的には6ヵ月以上続いている。
  6. その恐怖、不安、または回避が、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を起こしている。
  7. その障害は、(広場恐怖症にみられるような)パニック様症状または他の耐え難い状況:(強迫症にみられるような)心的外傷的出来事を想起させる物:(分離不安症にみられるような)家または愛着を持っている人物からの分離:(社交不安症にみられるような)社会的場面、などに関係している状況への恐怖、不安、および回避などを含む、他の精神疾患の症状ではうまく説明されない。

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)