こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
「こころの病」についての知識をはじめ、
バラエティに富んだ情報を提供するなど、
患者様はもちろんご家族など皆様との交流を目指すコーナーです。

     

ためこみ症

ためこみ症 Hoarding disorder

疾患の具体例

49歳、男性。古新聞や古雑誌、道ばたで配られていたチラシ、家に届いたDMなど、紙類を大量にためこんでいます。自宅のリビングや寝室、廊下まで紙類を積み上げ、家の中が常に取り散らかった状態です。本人は「いつか使うかもしれないから」と言いますが、家族は生活に支障があり、苦痛を訴えています。妻から離婚を突き付けられ、渋々医療機関を受診しました。

特 徴

ためこみ症は、多くの人にとって不要で価値のない物を大量にためこみ、手放すことができない障害です。もっともよくためこむ物は新聞、雑誌、古い服、かばん、本、郵便物、書類ですが、ほかのどんなものでも対象になり得ます。
ためこみ症の患者さんは、集めた物を捨てることに強い苦痛を感じます。ゴミとして捨てるだけでなく、リサイクルに出す、売却する、譲渡するなどほかの手段による処分でも同様です。なぜなら、自分がためこんだ物に対して「まだ使える」と価値を感じたり、感情的に強い愛着をもっていたりするからです。その物の運命に責任を感じ、手放すことを「かわいそう」と思い、捨てることに恐怖感を持っていることもあります。
患者さんによっては、過剰な買い物や無料の物の収集(ちらしや、他の人が捨てたゴミなど)をします。約20%には過剰な買い物は見られませんが、それでも捨てる・手放すことが過度に困難な場合はためこみ症と考えられます。
「動物ためこみ」といって、非常に多くの動物を飼育するケースもあります。しかし、動物たちの衛生状態や健康状態を良好に保つことはできないことが多いようです。
ためこみ症の患者さんは、ためた物によって部屋の中が取り散らかり、通常の生活空間として使用できないか、使用が困難になります。例えば、テーブルや床、ベッドの上などにも、ためこんだ物が積まれていることがよくあります。それらを紛失しないように、常に目の前に置いておくこともしばしばあります。こうした物の集積によって、食事や睡眠などの基本的な行為に支障を来し、健康を害する人がいます。また、家族との関係性を損なったり、近隣住民や自治体職員から物を撤去するように言われたりすることもよくあります。

有病率

欧米の地域調査から、明らかに病的なためこみ症の時点有病率は約2~6%と見積もられています。男性の有病率が高いとも報告されています。年齢の高い人ほど有病率が高く、55~94歳の人は33~44歳の人に比べて3倍もの有病率があると考えられています。

経 過

ためこみ症状は11~15歳頃に現れ、20代中頃までに日常生活を妨げるようになり、30代中頃までには仕事や私生活などで著しい苦痛が生じます。このように人生の10年ごとに増大し、しばしば慢性化します。

原 因

気質要因: ためこみ症の人と、その第一度親族は優柔不断な気質であることが多いようです。ほかに、完璧主義、回避、先延ばし、計画を立てて仕事をまとめることが困難、注意散漫なども、ためこみ症の人の特徴的な性格です。

環境要因: ためこみ症の人は、しばしば強いストレスによる心的外傷の経験を語ります。それによってためこみ行為が始まったり、悪化したりすると感じている場合もあります。

遺伝要因と生理学的要因: ためこみ行為には家族性があります。ためこむ人の約50%は、同様にためこみ行為をする親族がいると報告されています。

治 療

ためこみ症の治療は非常に難しいとされています。強迫症と似た症状がありますが、強迫症に有効な治療がためこみ症にはほとんど効きません。ためこみ症の患者さんのうち、薬物療法と認知行動療法に反応したのは18%に過ぎないと報告されています。患者さん自身の治療意欲が低いことが関係しているようです。 有効性がある治療としては、意思決定と分類のトレーニングが挙げられます。これは認知行動的な療法で、物を捨てるという刺激を繰り返して慣れていき、「捨てても大丈夫」という認識を身につける方法です。

診断基準:DSM-5

  1. 実際の価値とは関係なく、所有物を捨てること、または手放すことが持続的に困難である。
  2. 品物を捨てることについての困難さは、品物を保存したいと思われる要求やそれらを捨てることに関連した苦痛によるものである。
  3. 所有物を捨てることの困難さによって、活動できる生活空間が物で一杯になり、取り散らかり、実質的に本来意図された部屋の使用が危険にさらされることになる。もし生活空間が取り散らかっていなければ、それはただ単に第三者による介入があったためである(例:家族や清掃業者、公的機関)。
  4. ためこみは、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害(自己や他者にとって安全な環境を維持するということも含めて)を引き起こしている。
  5. ためこみは他の医学的疾患に起因する物ではない(例:脳の損傷、脳血管疾患プラダー・ウィリ症候群)。
  6. ためこみは、他の精神疾患の症状によってうまく説明されない(例:強迫症の強迫観念、うつ病によるエネルギー低下、統合失調症や他の精神病性障害による妄想、認知症における認知機能障害、自閉スペクトラム症における限定的興味)。

該当すれば特定せよ
過剰収集を伴う:不必要であり、置く場所がないにもかかわらず過度に品物を収集する行為が、所有物を捨てることが困難である状態に伴っている場合。

該当すれば特定せよ
病識が十分または概ね十分:その人はためこみに関連した信念や行動(品物を捨てることの困難さ、取り散らかし、または過剰な収集に関連する)が問題であると認識している。
病識が不十分:その人は、反証の根拠があるにもかかわらず、ためこみに関連した信念や行動(品物を捨てることの困難さ、取り散らかし、過剰な収集に関連する)に問題がないとほとんど確信している。
病識が欠如した・妄想的な信念を伴う:その人は、反証の根拠があるにもかかわらず、ためこみに関連した信念や行動(品物を捨てることの困難さ、取り散らかし、過剰な収集に関連する)に問題がないと完全に確信している。

※参考文献
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』 (医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト 日本語版第3版』 (メディカルサイエンスインターナショナル)