こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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病的窃盗(窃盗癖)

F63.2 病的窃盗(窃盗癖) Pathological stealing (kleptomania) / 窃盗症 Kleptomania

疾患の具体例

37歳、女性。スーパーで100円、200円の品物を盗むことがやめられません。財布には十分にお金が入っており、特別欲しい物ではありませんが、盗む前の緊張感と、盗んだあとの達成感や開放感が心地よく、つい何度も繰り返してしまいます。自分でも悪いと思っていますが、つい先日は、友人の家から小物を盗みました。犯人が自分であることが疑われ、心配のあまり抑うつ状態になりました。様子がおかしいと感じた夫に連れられてメンタルクリニックを受診すると「窃盗症」と診断されました。

特 徴

物を盗む衝動に駆られ、それを抑えることに何度も失敗する障害です。窃盗の前には緊張感や高揚感があり、実際に窃盗を犯す時は快感、満足または開放感を経験します。多くの場合は小売店から盗んでいますが、自分の家族から盗むこともあります。盗む物を自分が欲しいとか、お金がないからという理由ではありません。また、転売して儲けようといった考えがあるわけでもありません。盗んだあとに人にあげたり、隠したり、こっそり返しにいくこともあります。通常の盗みと違うところは、盗みたい衝動に抵抗しようとしながら失敗することや、いつも必ず1人で犯行に及ぶこと、金銭的価値のない物でも盗むことなどです。
盗みがいけないことだという意識は持っており、逮捕されることを絶えず恐怖し、しばしば抑うつ的になっています。そのため、すぐに逮捕されそうな時には盗むことを避けます。 ある研究では、盗みの頻度は1カ月に1回もない場合から120回と、非常に広範囲にわたります。

有病率

窃盗症は、万引きで逮捕された人のおおよそ4~24%に見られます。一般人口における有病率は非常にまれであり、約0.3~0.6%です。女性は男性より多く、3:1の比率です。

原 因

心理社会的因子
大切な人との別れなど、厳しいストレスが原因になると考えられています。また、フロイトは、母子関係に関連していると述べました。子どもが母親の財布から初めて盗むことは、すべての盗みが母子同一性に基づいているという考え方です。

生物学的因子
脳疾患と精神遅滞が窃盗症と関係があるとされています。主な神経学的徴候として、大脳皮質の萎縮と、側脳室の拡大があげられます。脳内伝達物質「モノアミン」の代謝における障害、特にセロトニンの障害が関係していると仮定されています。

家族的・遺伝的因子
窃盗症のある人の第一度親族(両親、兄弟、姉妹または子ども)は、7%が強迫性障害だったとする報告があります。加えて、その家族の中に気分障害が高率に見られるとも報告されています。

治 療

「洞察指向的精神療法」や精神分析が有効だとされていますが、これには患者さんの自発性が必要です。窃盗症について、罪の意識や恥ずかしさを感じる患者さんは、行動を変えたいという動機が強いため有効ですが、そうでない場合は、そもそも治療を受けたがらないかもしれません。また、抗うつ薬「SSRI」が有効なこともあります。他にも三環系抗うつ薬、電気けいれん療法が有効であると報告されています。

経 過

この障害は小児期に始まることがありますが、そのまま窃盗症のある成人にはなりません。通常は青年期後期で発症します。男性では50歳頃、女性は35歳頃に多く見られます。症状は活発になったり衰えたりしつつも、慢性に経過する傾向があります。何週間も何カ月も盗みをはたらかない時期をすごしたあと、時折盗みの衝動に抵抗できない時期が来るとされています。 以下3つの典型的な経過があるとされています。

  • ●短期間のエピソードがあったあと、長い寛解期間がある。
  • ●盗みを行う時期と寛解期間が何度も現れる。
  • ●ある程度の変動を伴う慢性の経過。万引きで何回も有罪になりながら、この障害は何年も続くかもしれない。

なお、治療を受けた人の予後は良好ですが、患者さん自身があまり助けを求めようとしない傾向があります。

診断基準:ICD-10

患者は通常、行為の前には緊張感が高まり、その間や直後には満足感が得られると述べる。通常、何らかの身を隠す試みがなされるが、そのためにあらゆる機会をとらえようとするわけではない。窃盗はただ1人でなされ、共犯者と一緒に実行されることはない。患者は店(あるいは他の建物)から窃盗をはたらくというエピソードの間には不安、落胆、そして罪悪感を覚えるが、それでも繰り返される。この記述のみを満たし、しかも以下にあげるいずれかの障害から続発しない例はまれである。

[鑑別診断]

病的窃盗は以下のものから区別されなくてはならない。

  1. 明白な精神科的障害なしに繰り返される万引き(窃盗行為はより注意深く計画され、個人的な利得という明らかな動機がある場合)。
  2. 器質性精神障害、記憶力の減弱および他の知的能力の低下の結果として、商品への支払いを繰り返し怠ること。
  3. 窃盗を伴ううつ病性障害。うつ病患者のあるものは窃盗を行い、うつ病性障害が続く限りそれを反復することがある。

診断基準:DSM-5

  1. 個人用に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
  2. 窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり。
  3. 窃盗に及ぶ時の快感、満足、または開放感。
  4. その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。
  5. その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明できない。

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)