こころのはなし
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学力の特異的発達障害
F81 学力の特異的発達障害 Specific developmental disorders of scholastic skills(SDDSS)
限局性学習症/限局性学習障害 Specific learning disorder(SLD)
疾患の具体例
8歳、男児。保育園の頃から、文字を読むことが他の子よりも苦手でした。小学校に上がると、教科書を読むのに人一倍時間がかかるため授業を理解できず、通知表には1や2が並びます。最近では、学校に通うことを嫌がるようになってきました。家では母親がついて何度も教科書を読む練習をしていますが、どうしても上手くいきません。黙読ができず、声に出して読みますが頻繁に間違えます。また、文字を書くのも苦手で、自分の名前もうまく書けません。授業中、ノートをとろうとしていますが、いつも時間切れになります。しかし、精神遅滞ではなく、脳を負傷したこともありません。
特 徴
精神遅滞や脳損傷、神経学的疾患ではなく、学習の機会も不足していないのに、同年齢の人達よりも著しく勉強ができない神経発達障害です。WHOの診断ガイドライン「ICD-10」では「学力の特異的発達障害」(SDDSS)、アメリカ精神医学会の診断と統計マニュアル「DSM-5」では「限局性学習症/限局性学習障害」(SLD)として解説されています。
DSM-5によると、限局性学習症の基本的特徴は学校教育期間中に始まり、基本的な学業的技能を身につけることが持続的に困難であることが挙げられます。基本的な学業的技能とは、単語を正確かつ流暢に読むこと、読解力、字を書くこと、算数の計算、数学的問題を解くことなどです。
この障害のある子どもは、学校の通知表やテストの点数がその年齢の平均よりも低い結果になります。通常、大人になっても障害が続くため、仕事上の成績や、日常生活で読み書き、計算などを要する場面で不便を感じます。また、SLDは自殺念慮や自殺企図の危険性の増加と関連しています。
しかし、学習以外の面では正常水準の知的能力(概ね70以上のIQ得点)を持っています。人によっては、学習困難が一つの領域(例:単語を読むこと、計算すること)に限られている場合があります。絵を描くことやデザインなど視覚が関係する能力は平均以上なのに、字を読むのが遅く、不正確で、読解力や文字による表現がうまくできないといったように、能力にむらがあることが一般的です。
診断する際は、その人の病歴、発達歴、教育歴、家族歴を鑑み、総合的に判断されます。
有病率
読字、書字、算数の学習領域にわたる限局性学習症の有病率は、学齢期の子どもの5~15%です。成人の有病率は約4%だと考えられています。他の発達障害と同様に、女性より男性に多く(男女比はおよそ2:1~3:1)見られます。
経 過
限局性学習症は生涯にわたって持続しますが、その経過はさまざまです。その人の学習困難の範囲や重症度、併存症、利用可能な支援などによって変化します。 学童期の子どもに見られる症状として、例えば、言語音声を伴うゲーム(例:繰り返す、韻をふむ)で遊ぶことに興味がないことから、童謡を覚えるのに苦労することが挙げられます。小学校に通う年齢になっても幼児語や誤った発音の語を使い、文字、数字、曜日などの名称をなかなか覚えられないこともあります。自分の名前の文字を認識できず、数を数えることを学ぶのに苦労する人もいます。 中学生の子どもは、文字を読むことに時間と努力を要し、なおかつ不正確な場合があります。日付、名前、電話番号を覚えることが苦手です。また、宿題や試験を時間内に終わらせることにも苦労します。 青年期になると単語を読めるようになっているかもしれませんが、読字にはやはり時間がかかります。理解したり要点を得たりするために、何度も資料を読み返す必要があるかもしれません。 青年や成人は、読字や算数が必要な活動を避けることがあります。例えば、娯楽としての読書や説明書を読むこと。プライベートでも仕事でも、読字や書字を避けたり、代替手段を用いたりします。
原 因
この障害の原因は、精神遅滞や神経学的欠陥、脳損傷や疾患によるものではなく、単に学習の機会が足りないからでもありません。DSM-5には以下のように示されています。 環境要因:早産や極低体重出生は、出生前のニコチンへの曝露と同様に、限局性学習症のリスクを高めます。 遺伝要因と生理学的要因:学習困難をもつ人の第一度親族では、それを持たない親族に比べ、読字または計算の限局性学習症のリスクが明らかに高い(例:それぞれ4~8倍、および5~10倍)ことが分かっています。読字困難(失読症)の家族歴と両親の読み書きの能力から、子どもの読み書きの問題または限局性学習症を予測できます。 学習能力低下のほとんどは、高い遺伝性を示します(遺伝率は0.6%以上と推定)。読字能力および読字能力低下に高い遺伝性が見られます。
診断基準:ICD-10
どの学力の特異的発達障害の診断にも、いくつかの基本的な必要条件がある。第一に、特定された学力に、臨床的に有意な程度の障害がなければならない。これは教育用語から定義されるような重症度(すなわち、学童の3%以下に起こると予想される程度)、先行する発達上の問題(すなわち、学業困難は就学前に発達遅滞あるいは偏りが先行している―最も多いのは会話や言語において)、関連のある障害(注意障害、多動、情緒障害あるいは行為障害のような)、パターン(すなわち、正常な発達には通常みられない質的異常の存在)、そして反応性(すなわち、家庭および/または学校での援助が増えても、学業困難が迅速にあるいは容易には軽減することがない)に基づいて判断しうる。
第二に、障害は単に精神遅滞あるいは比較的軽度の全体的知能障害から説明できないという意味で、特異的なものでなければならない。IQと学業成績は正確には並行しないので、この区別は個別的に施行される標準化された、関連する文化や教育システムに適合した、学力とIQの検査に基づいてのみなされうる。このような試験は、どの暦年齢のどのIQの水準でも、平均的に予想される達成水準に関する資料を提供する統計表と関連させて使用すべきである。この統計表が必要となるのは、統計学的回帰効果が重要だからである。精神年齢から学業成績年齢を差し引くことに基づく判断は、重大な誤りと結びつきやすい。しかしながら、日常の臨床では、ほとんどの例でそこまでは要求されないであろう。したがって、臨床ガイドラインはただ単に、小児の達成レベルがその小児の精神年齢から期待されるレベルよりもはるかに下でなければならない、ということになる。
第三に、障害は発達性のものでなければならず、その意味は、教育の早期から存在し、後になって教育課程で獲得されたものであってはならない、ということである。小児の学業における進歩のあとは、このことに関して証拠を与えるはずである。
第四に、学業困難の十分な理由となりうる外的要因があってはならない。上で指摘したように、一般にSDDSSの診断は、小児の発展にとって本質的な要因に関連した学業成績の臨床的に有意な障害についての、明確な証拠に基礎を置くべきである。しかしながら、効果的に学習するためには、小児は適切な学習の機会をもたなければならない。したがって、もし学業成績の不良が、かなり長期間学校を欠席し、家庭でも教えられずにいることや、非常に不十分な教育しか受けられないことの直接の結果であることが明らかならば、その障害はここに分類すべきではない。学校を頻回に欠席したり、転校のために教育が中断されるだけでは、通常、SDDSSの診断をくだすのに必要な程度の学業遅滞を生じさせるに十分でない。しかしながら、学校教育が貧困であれば、問題を複雑にしたり大きくしたりするかもしれないので、このような場合は学校の要因を、ICD-10・第XXI章からZコードでコードすべきである。
第五に、SDDSSは矯正されない視覚あるいは聴覚の障害に直接起因するものであってはならない。
【鑑別診断】
明らかに診断できるような神経学的障害がまったくない状態で生じたSDDSSと、脳性麻痺のような、何らかの神経学的な状態で二次的に生じたSDDSSとを鑑別することは、臨床的にきわめて必要なことである。
実際この鑑別が難しいことがしばしばあり(多数の「ソフトな」神経学的徴候の意義が不確実であるため)、SDDSSのパターンあるいは経過のいずれにおいても、明らかな神経学的機能不全の有無による明確な鑑別を示す研究所見もない。したがって、神経学的機能不全は診断基準の一部を形成するものではないが、しかし関連する障害があれば、適切な神経学的部門の分類の中に別にコードする必要がある。
診断基準:DSM-5
- 学習や学業的技能の使用に困難があり、その困難を対象とした介入が提供されているにもかかわらず、以下の症状の少なくとも1つが存在し、少なくとも6カ月間持続していることで明らかになる:
- 不的確または速度が遅く、努力を要する読字(例:単語を間違ってまたゆっくりとためらいがちに音読する、しばしば言葉を当てずっぽうに言う、言葉を発音することの困難さをもつ)
- 読んでいるものの意味を理解することの困難さ(例:文章を正確に読む場合があるが、読んでいるもののつながり、関係、意味するもの、またはより深い意味を理解していないかもしれない)
- 綴字の困難さ(例:母音や子因を付け加えたり、入れ忘れたり、置き換えたりするかもしれない)
- 書字表出の困難さ(例:文章の中で複数の文法または句読点の間違いをする、段落のまとめ方が下手、思考の書字表出に明確さがない)
- 数字の概念、数値、または計算を習得することの困難さ(例:数字、その大小、および関係の理解に乏しい、1桁の足し算を行うのに同級生がやるように数字的事実を思い浮かべるのではなく指を折って数える、算術計算の途中で迷ってしまい方法を変更するかもしれない)
- 数学的推論の困難さ(例:定量的問題を解くために、数学的概念、数学的事実、または数学的方法を適用することが非常に困難である)
- 欠陥のある学業的技能は、その人の暦年齢に期待されるよりも、著明にかつ定量的に低く、学業または職業遂行能力、または日常生活活動に意味のある障害を引き起こしており、個別施行の標準化された到達尺度および総合的な臨床消化で確認されている。17歳以上の人においては、確認された学習困難の経歴は標準化された評価の代わりにしてよいかもしれない。
- 学習困難は学齢期に始まるが、欠陥のある学業的技能に対する要求が、その人の限られた能力を超えるまでは完全には明らかにはならないかもしれない(例:時間制限のある試験、厳しい締め切り期間内に長く複雑な報告書を読んだり書いたりすること、過度に重い学業的負荷)。
- 学習困難は知的能力障害群、非矯正視力または聴力、他の精神または神経疾患、心理社会的逆境、学業的指導に用いる言語の習熟度不足、または不適切な教育的指導によってはうまく説明されない。
注:4つの診断基準はその人の経歴(発達歴、病歴、家族歴、教育歴)、成績表、および心理教育的評価の臨床的総括に基づいて満たされるべきである。
現在の重症度を特定せよ
軽度:1つまたは2つの学習的領域における技能を学習するのにいくらかの困難さがあるが、特に学齢期では、適切な調整または支援が与えられることにより補償される。またはよく機能することができるほど軽度である。
中等度:1つまたは複数の学習的領域における技能を学習するのに際立った困難さがあるため、学齢期に集中的に特別な指導が行われる期間がなければ学業を習熟することは難しいようである。学校、職場、または家庭での少なくとも1日のうちの一部において、いくらかの調整または支援が、活動を正確かつ効果的にやり遂げるために必要であろう。
重度:複数の学業的領域における技能を学習するのに重度の困難さがあるため、ほとんど毎学年ごとに集中的で個別かつ特別な指導が継続して行われなければ、それらの技能を学習することは難しいようである。家庭、学校、または職場で適切な調整または支援がいくつも次々と用意されていても、すべての活動を効率的にやり遂げることはできないであろう。
※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)