こころのはなし

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特異的綴字[書字]障害

F81.1 特異的綴字[書字]障害 Specific spelling disorder

疾患の具体例

9歳男児。簡単な単語さえ正しく文字に書けず、正確な文法で文章を書くことができません。文字を書いたとしても、教師が判読するのも難しいほど乱れた筆跡です。たびたび教師から注意を受けましたが、一向に改まらないため親が学校に呼ばれました。国語や算数などの主要教科はすべて成績が低迷し、本人も学校が嫌になっています。授業中もぼんやりすることが増えました。しかし、図工の授業では生き生きと取り組み、クラスメートの模範となるものを作ります。親とともに精神科病院を受診し、適切な検査を受けると「特異的綴字[書字]障害」と診断されました。

特 徴

綴字(ていじ)とは、文字を書いて表現することを意味します。WHOの診断ガイドライン「ICD-10」で解説されている「特異的綴字[書字]障害」は、同じ年齢、同等の知的能力の子どもに期待されるよりも、著しく文字を書くことが困難な障害です。アメリカ精神医学会の診断と統計マニュアル「DSM-5」では、「限局性学習症/限局性学習障害」の一種として分類されています。「カプラン 臨床精神医学テキスト」では「書字表出障害」として解説されています。
この障害のある人は、単に精神年齢が低いとか、視力が弱いとか、不適切な教育がなされていたことでは説明できないほど、文字を書くことができません。文法を上手く使えず、句読点を打つ位置を間違えたり、文字を間違えたりします。著しく字が下手であることも特徴です。
重症の場合、小学校低学年でこの障害が明らかになり、学年があがるにつれてより症状が顕著になります。文字を使って自分の考えを表現することが困難なため、文章を書く授業を嫌がり、登校拒否になる患者さんもいます。多くの場合、学校の成績が低く、「自分の思い通りにならない」というストレスを抱えています。学校を休みたがり、登校しても注意散漫な傾向が見られます。次第に孤独感や疎外感、絶望感などを感じるようになり、慢性のうつ病性障害を示すこともあります。
適切な治療を受けずにいると、書字能力が低いまま大人になります。必要な書類を書いたり、手紙の返事を書いたりすることなどを避けるため、次第に無能感や劣等感、孤立感を抱くようになる場合もあります。
かつては、書字障害は読字障害なしに生じないと信じられていましたが、現在は書字障害が単独で生じる可能性があると言われています。

有病率

「カプラン 臨床精神医学テキスト」によると、書字表出障害はしばしば読字障害とともに生じます。書字表出障害だけの有病率は明らかではありませんが、学童のおよそ4%と推定されています。男女比は、男児のほうが女児の約3倍近く多いとされています。

経 過

通常、子どもは書く力を身につける前に、話す力、読む力を獲得します。そのため、書字表出障害と診断される前に、表出性言語障害と診断される場合があります。 書字表出障害の重症例は、小学校2年生までに明らかになります。それほど重症でない場合は、小学校5年生、あるいはそれ以降まで気づかれない場合があります。軽度から中等度の患者さんは、小学校低学年に適切な矯正教育を受けることで効果が得られます。重症の場合は、高校の後半またはそれ以降になっても矯正が必要とされます。

原 因

書字表出障害のある子どものほとんどが、第一度親族に同じ障害のある人がいるという調査結果があります。そのため、この障害の遺伝的要因が示唆されています。

治 療

文法の規則やつづり、文章を書くことの練習が行われます。それらの効果は、子どもと指導者の良好な関係によるところが大きいとされています。治療に伴う情緒障害や行動障害に対しては、常に適切な精神科的治療と両親へのカウンセリングが行われるべきです。

診断基準:ICD-10

小児の綴字の出来ばえは、全体的知能、学校での処遇に基づいて予想される水準を明らかに下まわっていなければならず、そして最も好ましいのは個別的に施行される標準化された綴字検査に基づいて評価することである。小児の読字能力は(正確さと理解力の両方に関して)正常範囲内にあり、重大な読字困難の既往があってはならない。綴字における困難は主としてきわめて不適切な教育、視覚、聴覚あるいは神経学的機能の欠陥の直接的な影響によるものがあってはならず、そして神経学的、精神医学的、あるいは他の障害の結果として獲得したものであってはならない。 「純粋な」綴字障害は、綴字困難に関連した読字障害と違うことは知られているが、特異的綴字障害の前駆様態、経過、関連因子、あるいは転帰についてはほとんど知られていない。

<含>特異的綴字遅滞(読字障害を伴わない)
<除>後天性綴字障害(R48.8)
  読字障害に関連した綴字困難(F81.0)
 主に不適切な教育に帰する綴字困難(Z55.8)

診断基準:DSM-5

※限局性学習症/限局性学習障害より
該当すれば特定せよ

315.2(F81.1)書字表出の障害を伴う:
綴字の正確さ
文法と句読点の正確さ
書字表出の明確さまたは構成力

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)