こころのはなし

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運動機能の特異的発達障害

vF82 運動機能の特異的発達障害 Specific developmental disorder of motor function
発達性協調運動症/発達性協調運動障害 Developmental Coordination Disorder

疾患の具体例

8歳、男児。早産で生まれ、寝返りやハイハイをするのが平均よりも大幅に遅れていました。幼児期を過ぎても一つ一つの動作が不器用で、服を着たり食事をしたり、外出時の支度をするのに非常に時間がかかります。素早い動きや正確な動きをすることができないため、学校では体育や図工の成績が低く、劣等感を抱いています。記憶力や計算力は優れているようですが、字を書くのに時間がかかり、テストを時間制限以内に終えられません。何度か学校の備品を落として壊し、教師に叱られたこともあって、不登校になりかけています。

特 徴

WHOの診断ガイドライン「ICD-10」で解説している「運動機能の特異的発達障害」は、全体的知能の遅れや、協調運動の発達の重篤な機能障害を基本的徴候としています。アメリカ精神医学会の診断と統計マニュアル「DSM-5」では「発達性協調運動症/発達性協調運動障害」の名称で解説しています。協調運動とは、両手、手と目、手と足などを同時使う運動のことです。 この障害のある人は、乳児期の寝返りやハイハイ、お座りなどが遅いことがあります。もう少し成長してからも、階段を上ったり、自転車をこいだり、シャツのボタンを掛けるなど、日常の生活動作がうまくできないかもしれません。それらの動作ができたとしても、同世代と比べてぎこちなく、時間がかかることがあります。大人になってからも、パズルを組み立てる、球技に参加する(特にチームにおいて)、字を書く、運転をするなどの活動をスピーディーにできず、不正確になるかもしれません。
そうした動作の障害によって、日常生活が著しく妨げられている場合のみ、発達性協調運動症または発達性協調運動障害の診断が下されます。例えば、服を着る、こぼさずに食事をとる、身体を使った遊びをする、はさみや定規などの道具を上手に使うことなどが挙げられます。
なお、全身を使った大きな動きができないパターンと、手先を使った細かい動作ができないパターンがあるようです。

有病率

5~11歳の子どもにおける発達性協調運動症の有病率は5~6%です。男性は女性よりも有病率が高く、男女比は2:1~7:1と推定されています。

経 過

この障害の経過は詳しくわかっていませんが、ほとんどの場合、不器用さは大人になっても続くと考えられています。知的能力が平均またはそれ以上の子どもの場合は、不器用さをほかの方法で補うこともあります。しかし、上手に身体を動かせないために、自尊心が低かったり、学業上の問題を抱える子どもも少なくありません。

原 因

環境要因:
この障害は、母親が妊娠中にアルコールを飲んでいた場合や、早産児、低出生体重児において多く見られます。

遺伝要因と生理学的要因:
基礎となる神経発達過程(特に、視覚運動知覚や、空間把握能力を含む視覚運動技能)の障害が見いだされており、成長して身体を動かす動作が複雑になるつれ、素早い動きをすることに影響が生じます。 経過の修飾要因:発達性協調運動障害と注意欠如・多動性障害(ADHD)の両方がある人は、ADHDだけの人よりも症状が強く現れます。

治 療

発達性協調運動障害の治療には、「感覚統合計画」と、個々に合わせた「修正体育過程」などがあります。感覚統合計画は作業療法士によって行われ、平衡感覚と身体認識を改善するために身体を動かします。監督下でスクーターに乗って平衡をとる練習をすることもあります。字を書くことが困難な子どもには、手の動きの認識を高める課題がよく与えられます。修正体育計画は、周囲に引け目を感じることなく、団体競技を楽しむことを援助します。一般に、サッカーボールを蹴ったり、バスケットボールを投げたりするスポーツの動作を取り入れています。

診断基準:ICD-10

小児の協調運動は、微細あるいは粗大な運動課題において、年齢や全体的知能によって予想される水準より明らかに下まわっていなければならない。最も好ましいのは、個別的に実施される微細および粗大な協調運動の標準検査によって評価することである。協調困難は発達早期より存在しており(すなわち後天的な欠陥ではない)、視覚や聴覚の欠陥の直接的な結果、あるいは診断可能な神経障害に起因するものであってはならない。
障害が、主として含む微細あるいは粗大な協調運動の範囲はさまざまであり、運動障害の個々のパターンは年齢によって異なる。運動機能の発達の段階は標準より遅れ、関連した(とくに構音での)言語障害の合併がみられることがある。幼児は歩き方全体がぎこちなく、走る、跳ぶ、階段の昇降を覚えるのが遅い。靴ひもを結ぶこと、ボタンの掛けはずし、キャッチボールの習得に困難を来しやすい。一般に小児は微細および/または粗大運動が不器用で、物を落としたり、つまずいたり、障害物にぶつかったり、書字が下手な傾向がある。描画力は通常不良で、この障害をもった小児はしばしば、ジグソーパズル、構成的玩具の使用、模型の組立て、ボール遊び、地図を描いたり読んだりすることが下手である。
多くの症例で注意深く臨床所見をとれば、微細および粗大な協調運動が拙劣である徴候(正常の幼児にも認められ、局在診断上の価値を欠くことから、一般的に「ソフトな」神経学的徴候として記述されるもの)に加え、四肢を支えないときの舞踏様の運動あるいは鏡像運動、そして他の随伴する運動徴候などの顕著な神経発達上の未成熟が認められる。腱反射は、両側性に亢進していることも減弱していることもあるが、左右差はない。
学業困難は一部の小児に生じ、時に重篤なことがある。一部の症例では社会的情緒的行動上の問題が認められるが、その頻度や特徴についてはほとんど知られていない。 (脳性麻痺や筋ジストロフィーのような)診断可能な神経学的障害は存在しない。一部の症例では、しかしながら、生下時超低体重あるいは顕著な早産の既往のような周産期の合併症がみられる。 不器用な子ども症候群はしばしば「微細脳機能障害」と診断されてきた。しかし、この用語は非常に多くの異なったかつ矛盾する意味をもつので勧められない。

<含> 不器用な子ども症候群
 発達性協調運動障害 発達性先行
<除> 歩行および運動の異常(R26.-)
 精神遅滞(F70-F79)あるいは診断可能な特定の神経障害(G00-G99)から二次的に生じる協調運動欠如(R27.-)

診断基準:DSM-5

  1. 協調運動技能の獲得や遂行が、その人の生活年齢や技能の学習および使用の機会に応じて期待されているものよりも明らかに劣っている。その困難さは、不器用(例:物を落とす、または物にぶつかる)、運動技能(例:物を掴む、はさみや刃物を使う、書字、自転車に乗る、スポーツに参加する)の遂行における遅さと不正確さによって明らかになる。
  2. 診断基準Aにおける運動技能の欠如は、生活年齢にふさわしい日常生活動作(例:自己管理、自己保全)を著明および持続的に妨げており、学業または学校での生産性、就労前および就労後の活動、余暇、および遊びに影響を与えている。
  3. この症状の始まりは発達段階早期である。
  4. この運動技能の欠如は、知的能力障害(知的発達症)や視力障害によってはうまく説明されず、運動に影響を与える神経疾患(例:脳性麻痺、筋ジストロフィー、変性疾患)によるものではない。

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)