こころのはなし
こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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うつ病エピソード/うつ病
F32 うつ病エピソード Depressive episode うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害 Major Depressive Disorder
疾患の具体例
23歳、女性。テレビ番組の制作会社に勤務しています。残業が多く、会社に寝泊まりして徹夜の作業をすることが当たり前になっていました。入社半年頃から、何をしても楽しくなく憂うつで「自分は無価値な人間で、死んだほうがいい」と悩むようになりました。夜中の作業中、ストレス解消のつもりで甘いものを大量に食べ続け、体重は10kgも増加。不意に涙を流すこともありました。友人に勧められてメンタルクリニックを受診すると、「うつ病」と診断されました。
症 状
「うつ病エピソード」とは、抑うつ気分や興味と喜びの喪失、活動性の減退、それによる疲れやすさの増大といった症状のことです。WHOによる疾病分類「ICD-10」には、他に以下の症状があると記載されています。
- 集中力と注意力の減退。
- 自己評価と自信の低下。
- 罪責感と無価値感(軽症エピソードにも見られる)。
- 将来に対する希望のない悲観的な見方。
- 自傷あるいは自殺の観念や行為。
- 睡眠障害。
- 食欲不振。
うつ病エピソードは重症度に関係なく、少なくとも2週間にわたって症状が続く時に診断されますが、極めて重症で急激な発症であれば、より短い期間でも診断がつきます。
アメリカ精神医学会の診断・統計マニュアル「DSM-5」では、うつ病エピソードを含む障害「うつ病」または「大うつ病性障害」について解説しています。この障害のある患者さんは、気分を「憂うつで悲しく、希望のない、気落ちした」または「落ちこんだ」と表現することが多く、怒りやすくなったり、些細なことに不満感を持ちやすくなったりします。
食欲にも変化が見られます。何も食べたくなくなる人もいれば、過食になる人、特定の食べ物(甘いものや炭水化物)を渇望する人もいます。いずれにしても、体重が5%以上増減していると注意が必要です。 睡眠に関しては、睡眠困難または過眠のいずれかになることが多く、中には昼間に眠くて仕方なくなる人もいます。
また、黙って静かにいるべき場でも、焦燥感がつのり、足踏みをしたり、手首を回したり、皮膚や服などを引っ張る動作を繰り返すことがあります。逆に、会話や思考が制止し、体動が遅くなったり呼びかけへの応答に時間がかかるようになったりする人もいます。どちらも精神運動の変化による症状です。 気力の低下や倦怠感、疲労感を訴えることが多く、体を使っていないのに疲れが続くと感じることもあります。最低限の作業さえかなりの努力を要し、例えば朝の洗面や着替えにいつもの2倍の時間がかかるかもしれません。 自分は価値のない人間だと思う「無価値感」や、何らかの罪の意識にとらわれる「罪責感」も一般的な症状です。罪責感は、とるに足らない小さな日々の出来事を「自分がダメだからだ」と誤解したり、「世界の貧困があるのは自分の責任だ」などと悩んだりします。。
多くの患者さんが考えたり集中したり、決断を下したりする能力が障害されます。そのため、高度な認知機能を必要とする仕事についている人は、十分に働けなくなることがよくあります。。
自殺について考えることも、この障害の特徴です。しばしば自殺念慮や自殺企図があり、「朝になって目覚めなければいいのに」「終わりがなく非常に苦しい状態を終わらせたい」という思いを抱きがちです。具体的に自殺計画を立て、身辺整理をするほど重い自殺傾向を持つ人もいます。
有病率
アメリカにおけるうつ病の12ヵ月有病率はおよそ7%です。また18~29歳までの有病率は60代以上に比べて3倍であるなど、年齢層によって大きく異なっています。アメリカの調査では、20代での発症が最も高く、高齢者の初発例も珍しくありません。青年期早期以降では、女性の有病率が男性の1.3~3倍です。
経 過
典型的には、うつ病を持つ人の5人に2人は発症後3ヵ月以内に回復し始め、5人に4人が1年以内に回復し始めます。発症が最近であれば短期間で回復する可能性が高く、ほんの数ヵ月だけ抑うつ状態にあった人は自然に回復することが期待できます。寛解の時期が長くなるほど、再発の危険は減少します。 一方で、慢性化している場合は、パーソナリティ障害、不安症、物質使用障害が併存している可能性が高く、治療をしても完全に症状が消える可能性は低くなります。
治 療
【心理社会的治療】
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●認知療法
大うつ病性障害にあると仮定される「認知の歪み」に焦点を当てる治療法です。認知の歪みとは、その場の状況を否定的にばかりとらえ、病的で非現実的な解釈をすることなどを指します。例えば、「何をしても失敗する」と過度に恐れた結果、無気力、活動力の低下につながっているような状態です。認知療法は、柔軟で肯定的な考え方を促し、適切な認知、行動上の反応を身につけさせます。薬物療法と同等の効果を示し、薬物療法より有害作用が少なく予後がよいとする研究結果が報告されています。 -
●対人関係療法
主張が乏しい、社交的能力が欠ける、考え方に歪みがあるといった問題に対し、対人関係を見直すことで対処する治療法です。通常、12~16週間かけて対人関係における意味や、関係の持ち方を考えます。重症の大うつ病で治療の選択肢が乏しい場合、対人関係療法は最も有効かもしれないと考えられています。 -
●行動療法
不適切な行動様式のために社会から肯定的な見返りを受けなかったり、社会から拒絶されたりするという仮説に基づいた治療法です。適切な行動をとることで社会に適応していくことを学びます。これまでの研究から、大うつ病性障害の有効な治療法の1つであると示されています。
【薬物療法】
大うつ病性障害の治療には、40年来「三環系」という種類の薬が使われてきました。患者さんが1ヵ月以内に回復する可能性が2倍近くになる薬ですが、初期治療には反応しないケースもあります。また、臨床効果がはっきり現れるまで3~4週間もかかることや、過剰摂取によって有害作用が生じうることが問題になっていました。それに対し、比較的新しい「SSRI」という種類の薬は、既存の薬物よりも安全で耐用性が高く、同等の効果を持っています。
薬物療法によって最初に改善する症状は不眠と食欲不振であることが多く、次いで焦燥感、不安感、抑うつ、絶望感が改善します。他に、気力の低下、集中力の低下、無能感、性欲の減退などの改善を目的として使用されます。
診断基準:ICD-10
診記載なし
診断基準:DSM-5
- 以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは(1)抑うつ気分、または(2)興味または喜びの喪失である。 注:明らかに他の医学的疾患に起因する症状は含まない 。
- その人自身の言葉(例:悲しみ、空虚感、または絶望を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。 注:子どもや青年では易怒的な気分もありうる。
- ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味または喜びの著しい減退(その人の説明、または他者の観察によって示される)。
- 食事療法をしていないのに、有意の体重減少、または体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)。またはほとんど毎日の食欲の減退または増加。 注:子どもの場合、期待される体重増加が見られないことも考慮せよ。
- ほとんど毎日の不眠または過眠。
- ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではないもの)。
- ほとんど毎日の疲労感、または気力の減退。
- ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある。単に自分をとがめること、または病気になったことに対する罪悪感ではない)。)
- 思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言明による、または他者によって観察される)。
- 死についての反復思考(死の恐怖だけではない)。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりした計画。
- その症状は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
- そのエピソードは物質の生理学的作用、または他の医学的疾患によるものではない。
注:基準A~Cにより抑うつエピソードが構成される。
注:重大な喪失(例:親しい者との死別、経済的破綻、災害による損失、重篤な医学的疾患・障害)への反応は、基準Aに記載したような強い悲しみ、喪失の反芻、不眠、食欲不振、体重減少を含むことがあり、抑うつエピソードに類似している場合がある。これらの症状は、喪失に際し生じることは理解可能で、適切なものであるかもしれないが、重大な喪失に対する正常な反応に加えて、抑うつエピソードの存在も入念に検討すべきである。その決定には、喪失についてどのように苦痛を表現するかという点に関して、各個人の生活史や文化的規範に基づいて、臨床的な判断を実行することが不可欠である。 - 抑うつエピソードは統合失調感情障害、統合失調症、統合失調様障害、妄想性障害、または他の特定および特定不能の統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群によってはうまく説明されない。。
- 躁病エピソード、または軽躁病エピソードが存在したことがない。 注:躁病様または軽躁病様のエピソードのすべてが物質誘発性のものである場合、または他の医学的疾患の生理学的作用に起因するものである場合は、この除外は適応されない。
※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)