こころのはなし

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DSM-5-TRの変更点について

DSM-5-TRの変更点について説明します。

「DSM-5TR」とはなにか?

2013年に刊行された米国精神医学会(APA)の診断分類「DSM-5」が9年ぶりに改定され、2022年に「DSM-5-TR」が刊行されました(邦訳は2023年)。ここで言う「TR」とはテキストリビジョン(本文改定)のことです。DSM-5は診断分類、診断基準、本文(疾患の背景情報)などで構成されていますが、DSM-5-TRではこのうち本文部分を中心に改定されました。本文に記載されている情報は「有病率」「危険要因と予後要因」「疾患の機能的結果」など多岐にわたり、DSM-5の刊行以降に収集、蓄積された膨大なデータに基づいてアップデートされています。
統計データの数字の更新や、細かい情報の追加など、一見しただけでは変化がわかりにくいものの、下記のように比較的目立つ改訂もあります。

文化、人種差別、差別が診断に与える影響
本文中の「文化に関連する診断的事項」には、国や地域、民族、文化などによる有病率、経過、症状の傾向などが書かれており、DSM-5-TRではより詳細になりました。さらに、差別的な情報を避けるように配慮されています。例えば、「人種」は自然に生じた概念ではなく、社会的に作られたものであると位置づけて「人種化された」という用語を使用しています。また、「少数派」「非白人」といった用語は避けられました。

セックスやジェンダーと疾患の関係
セックスは生殖器や性染色体に起因する違いを指し、ジェンダーは生殖器だけでなく心理的、社会的な影響を含む概念です。精神疾患に関する訴えは、本人が自認するジェンダーに基づいていることが多いとされています。一方で、妊娠や閉経などセックスの違いが診断や治療に影響を与える場合もあります。そのためDSM-5-TRの原著では、ジェンダーの違いを表す際は「men/women」「boy/girl」と表記し、セックスの違いを表す際は「male/female」と表記するように用語を使い分けています。セックスやジェンダーが診断に関係する場合は、本文の「セックス及びジェンダー(性別)に関連する診断的事項」の項目に記載されています。

自殺念慮または自殺行動との関連
DSM-5-TRの本文には、「自殺念慮または自殺行動との関連」という項目が設けられました。ここには、疾患と自殺の関連を示すデータ(自殺率や、自殺の危険要因など)が記載されています。ただし、自殺の危険を評価するには、診断名や統計データだけでなく、個別の要因も含めて考える必要があるとしています。

「DSM-5-TR」における病名の変更

DSM-5-TRは主に本文部分を改訂したものですが、病名や用語の一部も改定されました。邦訳は日本精神神経学会に設置された「精神科病名検討連絡会」のガイドラインに沿って決められています。その際の基本方針は下記の通りです。

  1. 患者中心の医療が行われる中で、病名と用語はよりわかりやすいもの、患者の理解と納得がえられやすいものであること
  2. 差別意識や不快感を生まない名称であること
  3. 国民の病気への認知度を高めやすいものであること
  4. 直訳がふさわしくない場合には意訳を考え、カタカナをなるべく使わないこと
  5. 原則、病名のdisorderを、disabilityの邦訳として広く使われている「障害」ではなく、「症」と訳すこと

出典)『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

このうち、「~障害」とされてきた病名が「~症」と訳されたことは特筆すべき変化と言えます。「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害」などのように病名が併記されていたものも、多くが「~症」のみに統一されました。

主な病名の変更は下記の通りです。

DSM-5 DSM-5-TR
知的能力障害(知的発達症/知的発達障害) 知的発達症(知的能力障害)
自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害 自閉スペクトラム症
注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害 注意欠如多動症
限局性学習症/限局性学習障害 限局性学習症
統合失調症スペクトラム障害 統合失調スペクトラム症
精神病 精神症
緊張病 カタトニア
双極性障害 双極症
双極性Ⅰ型障害 双極症Ⅰ型
双極性Ⅱ型障害 双極症Ⅱ型
躁病エピソード 躁エピソード
抑うつ障害 抑うつ症
うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害 うつ病
不安症/不安障害 不安症
選択性緘黙 場面緘黙
パニック症/パニック障害 パニック症
強迫症/強迫性障害 強迫症
醜形恐怖症/身体醜形障害 身体醜形症
心的外傷後ストレス障害 心的外傷後ストレス症
適応障害 適応反応症
持続性複雑死別障害 遷延性悲嘆症
解離性同一症/解離性同一性障害 解離性同一症
摂食障害 摂食症
食行動障害および摂食障害群 食行動症及び摂食症群
過食性障害 むちゃ食い症
女性オルガズム障害 女性オルガズム症
男性の性欲低下障害 男性の性欲低下症
子どもの性別違和 児童の性別違和
反社会性パーソナリティ障害 反社会性パーソナリティ症
アルコール使用障害 アルコール使用症
大麻使用障害 大麻使用症
ギャンブル障害 ギャンブル行動症
猜疑性パーソナリティ障害/妄想性パーソナリティ障害 猜疑性パーソナリティ症
シゾイドパーソナリティ障害/スキソイドパーソナリティ障害 シゾイドパーソナリティ症
パーソナリティ障害 パーソナリティ症
境界性パーソナリティ障害 ボーダーラインパーソナリティ症

「障害」から「症」に変わったことのほか、「うつ病(DSM-5)」などと括弧付きだった病名が「うつ病」と病名のみになったり、「注意欠如・多動症」の「・」が削除されたりと、細かな変更もありました。
また、「過食性障害」が「むちゃ食い症」に、「緊張病」が「カタトニア」になったように、わかりにくさや誤解を避ける意図と思われる変更もあります。一般的に偏見を招きかねない「精神病」という用語は「精神症」へと変更されました。同様に「躁病エピソード」は「躁エピソード」になりました。

「DSM-5-TR」で新たに追加された病名

DSM-5-TRでは、わずかに新しい病名も追加されています。

遷延性悲嘆症

DSM-5では巻末の「今後の研究のための病態」に「持続性複雑死別障害」という病名で記載されていました。今回のDSM-5-TRで公式診断として認められ、7章「心的外傷及びストレス因関連症群」に「遷延性悲嘆症」として新設されました。親密な人の死に際して、通常の悲嘆にとどまらず、日常生活に支障をきたすほど深刻な情動的苦痛(怒り、恨み、悲しみなど)が長期間持続し、その結果として他者との関わりが困難になったり、強い孤独感を覚えたりするような場合に適用されます。 以下に、診断基準の一部を引用します。

【診断基準】

  1. 少なくとも12カ月前(児童や青少年の場合は、少なくとも6カ月前)の、悲嘆する者に親しかった人の死。
  2. その死以来、以下の症状の1つまたは両方が臨床的に意味のある程度にほとんど毎日みられることを特徴とする。持続的悲嘆反応の出現。さらに、その症状は少なくとも過去1カ月間、ほぼ毎日起きている。
    1. 故人への強い思慕・あこがれ。
    2. 故人についての思考、記憶にとらわれている(児童および青年では、そのとらわれは死の状況に集中しているかもしれない)。
  3. その死以来、次の症状のうち少なくとも3つが、臨床的に意味のある程度にほとんど毎日、存在している。さらに、これらの症状は少なくとも過去1カ月間、ほぼ毎日起きている。
    1. その死以来、同一性の破綻(例:自分の一部が死んだような感覚)
    2. その死が信じられないという強い感覚。
    3. その人が死んでいることを思い出させるものからの回避(児童および青年では、思い出させるものを避けようとする努力によって特徴づけられるかもしれない)。
    4. その死に関連した激しい情動的苦痛(例:怒り、根み、悲しみ)。
    5. その死以来、対人関係や活動を再開することの困難(例:友人と関わること、興味を追来すること、将来の計画を立てることなどの問題)。
    6. その死の結果、情動が麻痺する(情動的体験の欠如または著しい減少)。
    7. その死の結果、人生が無意味であると感じる。
    8. その死の結果、強い孤独感を感じる。

気分症、特定不能

DSM-5-TRでは、3章「双極症及び関連症群」と、4章「抑うつ症群」の両方に「気分症、特定不能」が追加されました。日常生活に支障をきたすほどの精神的苦痛や、気分症に特徴的な症状が目立つものの、双極症または抑うつ症の診断基準を満たさない場合などに適用されます。

自殺行動と非自殺性自傷

DSM-5-TRの22章「臨床的関与の対象となることのある他の状態」は、精神疾患ではないまでも、精神科の診療において役立つ情報が収録されています。ここに新しく「自殺行動と非自殺性自傷」が含まれました。自殺行動と非自殺性自傷は、それぞれ下記のように定義されています。

〈自殺行動〉
少なくともその行為の結果として死ぬことを意図して、自傷する可能性のある行為に及んだ個人に使用されることがある。自分の生命を終わらせる意図の証拠は、行動や状況から明らかになったり、推論することができる。

〈非自殺性自傷〉
自殺の意図がないにもかかわらず、出血、打撲、痛みを誘発する可能性の高い種類の身体への故意の損傷(例:切る、焼く、刺す、叩く、過度にこする)を行った個人に使用される。

出典)『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

「DSM-5-TR」における診断基準の変更

診断基準がより明確になった疾患もあります。

自閉スペクトラム症

自閉スペクトラム症は、かつての小児自閉症、高機能自閉症、特定不能の広汎性発達障害、アスペルガー障害などを包括する病名です。DSM-5-TRへの改定により、診断基準がわずかに変更されました。DSM-5の時点で、社会的コミュニケーションや対人的相互反応における持続性な欠陥があることが診断基準に含まれていましたが、どのくらい欠陥があることが要件なのかは不明確でした。今回のDSM-5-TRでは、診断基準に並べられた欠陥の「すべて」に該当すると明記されています。以下に、診断基準の一部を引用します。

  1. 複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥があり、現時点または病歴によって、以下のすべてにより明らかになる(以下の例は一例であり、網羅したものではない;本文参照)。
    1. 相互の対人的-情緒的関係の欠落で、例えば、対人的に異常な近づき方や通常の会話のやりとりのできないことといったものから、興味、情動、または感情を共有することの少なさ、社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないことに及ぶ。
    2. 対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥、例えば、統合の悪い言語的と非言語的コミュニケーションから、視線を合わせることと身振りの異常、または身振りの理解やその使用の欠陥、顔の表情や非言語的コミュニケーションの完全な欠陥に及ぶ。
    3. 人間関係を発展させ、維持し、それを理解することの欠陥で、例えば、さまざまな社会的状況に合った行動に調整することの困難さから、想像遊びを他者と一緒にしたり友人を作ることの困難さ、または仲間に対する興味の欠如に及ぶ。

出典)『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

なお、DSM-5-TRでは自閉スペクトラム症の「診断的特徴」において、認知機能や言語の障害を伴わない人は、欠陥を隠すために多大な努力をしている可能性があることなどが追記されました。多角的な情報源による診断が必要であることが強調されています。

双極症及び関連症群

双極症はかつて躁うつ病と呼ばれていたもので、気分が高揚したり落ちこんだりを繰り返す疾患です。双極症にはI型とⅡ型があり、今回DSM-5-TRでは「双極症I型」の診断基準が一部改訂されました。
DSM-5では、双極症I型の診断基準に「躁病エピソード」と「抑うつエピソード」の両方が必要とされていましたが、DSM-5-TRでは「躁エピソード」だけが記載され、抑うつエピソードが削除されました。つまり、1回以上の躁エピソードがあれば双極症Ⅰ型の診断基準を満たす可能性があると言えます。以下に、DSM-5-TRに記載された双極症I型の診断基準を引用します。

  1. 少なくとも1つ以上の躁エピソードに該当すること。
  2. 少なくとも1回の躁エピソードが、統合失調感情症によって上手く説明されない。なおかつその躁エピソードは、統合失調症、統合失調様症、妄想症、または統合失調スペクトラム症および「他の精神症、他の特定される」または「他の精神症、特定不能」に重畳したものではない

出典)『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

減弱精神病症症候群

DSM-5では「今後の研究のための病態」に「減弱精神病性症候群(準精神病症候群)」の名称で記載されていましたが、DSM-5-TRから「減弱精神病症症候群」と改められました。精神症に似ているものの、精神症の診断基準に達していないような病態を指します。
診断基準案も若干変更されています。DSM-5では、「以下の症状のうち少なくとも1つが弱いかたちで存在し」という表現で、①妄想、②幻覚、③まとまりのない発語 が挙げられていました。これがDSM-5-TRでは「以下の症状のうち少なくとも1つが存在し」という表現となり①弱い妄想、②弱い幻覚、③発話の弱い統合不全 と変更されています。診断基準として、症状の弱さがいっそう強調されたと言えるでしょう。

出典)『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)、『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)